期間限定お二人様暮らし
彼女を匿うにあたって、一番の問題がある。
着替えだ。当然ウツロの家に女物の服などあるはずもなく、宿泊など想定していなからウミカも持ってきていない。
「……?」
改めてウミカを見る。
Tシャツにジーパンとラフな服装。このまま一週間を過ごさせるのは流石に酷。
だが、今買い物に行けば間違いなく地獄の鬼ごっこの再開は確実。今日は外出を控えるべきだ。
面倒事を一旦置いてテレビの電源を入れ、走り回ってかいた汗を洗い流すために風呂の準備をする。
湯船のスイッチを入れリビングに帰ってくると、丁度映っていた番組にウミカが出ていた。
『大好きな貴方に恋のエール♪』
キラキラの衣装を身に纏い、水色のポニーテールを元気に揺らすウミカ。
衣装にあった振付も上手だと感じるが、ダンスの出来以上に圧倒的な歌唱力。歌詞に込められた意味や感情がダイレクトに伝わってくるような、聞く人全てを魅了する歌声。
「うぅ、目の前で見比べられてる……これが羞恥プレイ……!!」
縮こまって小動物に見える彼女が、テレビに映っているアイドルと同一人物だとはとても思えない。
「本当に同一人物なのか…?」
「し、失礼な!こう見えてガチガチのアイドルなんですがぁ!?」
プンスカ怒りながら頬を膨らませて猛抗議。あっちこっちに変わる表情が、ウミカの感情の豊かさを示す。
しょうもないやり取りをしていると、画面の中のウミカが一曲歌い終わりアナウンサーからインタビューを受ける。
『素晴らしい歌でしたエールさん!』
『ありがとうございます!』
『今月末に控えている初ドームライブについて、一言お願いできますでしょうか!』
インタビューから聞こえてきた衝撃的な内容。
「ドームライブ……?」
「超超超大人気アイドルですので!」
ドヤ顔でピースを作るウミカ。
このまま本人に聞くのも癪なので、スマホで調べてみる。
『ナガレボシエール』元々ネットで活動していた所を今の事務所にスカウトされれ、本格手に芸能デビュー。
圧倒的な歌唱力で一躍人気になり、活動3年目にして活動当初からの夢であったドームライブが決定。
カード以外に興味がなかったとはいえ、まさかこれほどウミカが有名だったとは。
「今年17、って年上!?」
「今更敬語は慣れないっていうかぁ、命の恩人に敬語使われるのは申し訳ないのでタメ語がいいなぁって……!!」
「お、おう……」
現役アイドルが土下座の構えまでとっての脅し。ありえないくらい下手に出ているだけなのにこの圧力。これがアイドル力なのかもしれない。
ピピピピピと風呂場から電子音が聞こえた。
ウミカとしょうもないやり取りをしている間にお風呂が沸いた。
「お風呂沸いたからお先どうぞ」
「いやいや!家主様より先にお風呂いただくなんてそんな烏滸がましい事できません!」
「知り合ったばかりの男が浸かったお湯と、入れたてのお湯、どっちに浸かりたい?」
「お先に失礼します……」
「正直でよろしい」
一日中走り回って汗が気持ち悪い。湯船に浸かれば少しは疲れがとれるだろう。着替えがないので同じ服を着てもらう事になるが、今日はしょうがない。
彼女をお風呂に送り、スマホを取り出す。
連絡アプリを起動してメッセージを送る。チャット相手はマリア・ヘルメス。ジョンの部下の彼女ならこちらの状況を把握しているだろうし、着替えを持ってきてくれるかもしれない。
「シャツ借りますねー」
「ん、りょーかい」
つけっぱなしのテレビを聞き流しながら、返事を待つが中々既読がつかない。
ジョンの言っていた鼠取りにマリアも駆り出されているのかもしれない。当てが外れ再び頭を悩ませていうると、ふと妙案が浮かぶ。
「任せてきたんだから、これくらいはな」
最近追加された相手にチャットを送る。返信は思いのほか早く来た。
少しのやりとりの後、ようやく服の目途がたって一安心。明日には届くらしいので今日は着た切り雀で我慢してもらおう。
一通りタスクを片付けると、時間は午後19時を回っていた。
時間をはっきり認識すると、お腹が空いていることに気が付く。ウミカがお風呂に入っている内に簡単な夕食を作ることにした。
インスタントラーメン、だけでは物足りないので、簡単な野菜炒めを作ってラーメンの上に乗せることにする。なんちゃってタンメンだ。
「あがりましたー!!おかげでさっぱり!!」
「意外と早かっ……!?」
適当に野菜を切っていると、思っていたよりも早くウミカが帰ってきた。
野菜から視線を上にずらすと、ぎょっと目を見張る。
「どうかしました?」
お風呂上がりで頬を赤らめたウミカは、アイドルとしての姿をはまた違った魅力を感じさせるが、驚いたのはまた別。
さっきまで来ていたTシャツにジーパンの姿から一転、着ているのはサイズのあっていないぶかぶかのYシャツ一枚。下に衣服は見当たらず、生足をこれでもかと晒している。
「おま、なんでそれ着てんの!?」
「え、シャツ借りますって言いましたよ?」
目を逸らして視界に入れないように必死なウツロに対し、ウミカ本人は平気な顔で立っている。
「そういう意味じゃなくて」
「あ、大丈夫大丈夫!私寝るときは下着派なんで!これでも着てる方ですので!」
下着は着てますから大丈夫です!と言っているが、問題はそこじゃない。
少し動くだけで下着が見えてしまいそうな恰好が問題なのだ。一緒にいるこっちがハラハラする。
「着てた服は?」
「洗濯機の中に入れちゃいましたけど。流石にあんな汗吸った服気持ち悪くて着れませんし」
「だからって、知り合ったばかりの男の前でそんな服装するか……?」
あまりに堂々としていて、見ない様にしているこっちがオーバーリアクションなんじゃないかと勘違いしてしまう。
「ウツロ君なら大丈夫!多分良い人だし!」
ウミカのマネージャーが釘を刺してきた理由が分かった気がした。
「まあ本人がいいなら……」
来ている本人が納得している以上、こちらからこれ以上言えることはない。
刺激が強すぎる格好から目をそらし、料理を再開する。
野菜を切って炒めて、完成した袋麺の上に乗せるだけの簡単な料理を二つ机に置く。
麺を啜り野菜を食べる。特に驚きもない見た目通りの味だが、この塩気が走り回った体に深く染みる。
二人とも黙々と食べ進めていると、BGM代わりに付けていたテレビからウミカの声が聞こえてくる。
『ドームライブはエールさんにとって一番の夢なんですね』
『はい!活動を始めてからの目標なんです』
『目標が叶って、ご家族に報告などされたのでしょうか?』
『おばあちゃんに!私小さいころからおばあちゃんっ子で、今こうして活動しているのも小さいころ歌を褒めてもらって――』
音楽番組のインタビューを受けている彼女が、目の前で美味しそうにラーメンを啜っている。少し不思議な気分だ。
インタビューが終わると、曲を歌うパートに入った。画面越しに聞く歌声に、箸を止めて聞いてしまう。
『♪~♪』
画面のウミカはとても楽しそうに歌っている。
歌詞一つ一つに彼女の感情が乗せられ、歌が華々しく色づく。透明感とはまた違った魅力。元気で、楽しそうで、誰かを応援する数多の感情が織りなすカラフルな歌声だ。
「いい歌だな」
思わず感想が漏れた。
隣に座る彼女はニコニコと満面の笑みでこちらの顔を覗き込んでくる。
「いやぁ、それほどでも!あるんですけどね!!歌だけは自信があるので!!」
歌にだけは自信満々なウミカは、えへんと胸を張って自慢する。
Yシャツ一枚で胸を張られると少々見る場所に困るのでやめてほしい。
「ドヤ顔するのは良いけど、麺伸びるぞ」
「はっ!?」
適度に会話を挟みながら夕飯を食べる。
人と食べる夕飯はいつぶりだろうか?談笑しながらの食事は時間が進むのが早い。気が付けばスープだけを残して完食していた。
食事を終えると、眠たそうにしているウミカにベッドを譲り先に寝かせる。ベッドとソファーどちらで寝るか論争が勃発したが、家主権限をごり押ししてベッドを押し付けた。
肉体的疲労だけでなく、大勢の敵から狙われて精神的にも疲れていたろだろう、ベッドに横になるとすぐにすやすやと寝息を立てる。
ウツロも、汗を流すとソファーに横になり瞼を閉じる。
急遽始まった短い共同生活の1日目が終わった。
翌日。
トーストにインスタントスープの簡単モーニングを済ませテレビを見ながら昼近くまでダラダラ過ごしていると、インターホンが鳴る。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いや、本当に助かった……」
来客は我らが部活の一員、西風ハルカだ。
前日、ホムラ経由である女性を匿っていて外に出られない為、数日分の着替えを買ってきてほしいと協力を要請した。
事情を知っているホムラの協力もあり、ハルカは快く引き受けてくれて、今こうして家まで持ってきてもらった。
「何かあったら言ってね。ウチもホムラも全力で力貸すから!」
「その時はよろしく頼む」
ウミカに着替えの入った紙袋を渡す。
「やったー!着替えだー!!」
「俺の居ない所で着替えてくれよ頼むから」
「はっ!?危ない所だった。いや、ウツロ君的には美味しい所?」
バカを言っている頭にチョップを落とし、更衣室に放り込む。
更衣室から出てくると、過ごしやすいカジュアルな服装で出てきた。服を買ってもらう前にハルカとウミカで通話してもらった為、サイズはばっちりだ。
これでひと段落、とこの時は思っていた。
夜、私も家事を手伝いますとウミカ作の少し不格好なオムライスを食べ、お風呂に入ったウミカが出てきたのだが。
「なんでまたその恰好なんだ……?」
「え、昨日も言った通りですけど」
昨日と同じ、下着の上にYシャツを一枚着ただけの煽情的な格好で更衣室から出てきた。
どうやら、この一週間はウミカに振り回されっぱなしになる予感がした。
古守ウツロはカードバカである。
カードゲームが国民的立ち位置にあるこの世界で、バトルはできなくてもカードゲームを楽しみまくっている。
カードばかり楽しんで情報に疎いウツロではあるが、普通の男子高校生でもある。ウミカはアイドルとしてテレビに出るような可愛い女の子なわけで、彼女の寝る際の恰好は正直目の毒だ。
マネージャーにも釘を刺されているし、彼女の芸能活動的な意味でも、自身の良心的な意味でも手は出したくない。
故に、ウツロは考えた。
「特訓をします」
「特訓?」
ウツロにしつこく言われて、渋々着替えたウミカの前に立ち宣言する。
「ウミカは現状狙われている立場なわけだ」
「うん」
狙われている理由は聞いていないが、狙われている事自体は間違いない。
「ある程度自衛できるように、今日から俺がステラバトルを教えます」
「なるほど?」
これから一生ウツロが守るわけにはいかない。ウミカ一人で立ち向かわなければいけない場面も出てくるかもしれない。
もしもの時の為に、時間が空いている内にステラバトルを叩き込むことにした。彼女を匿う間は学校も休むことにしたし、時間は山ほどある。
教える事に集中すれば、多少は気がまぎれるというウツロの事情もあったりなかったり。
「デッキは持ってる?」
「デッキはないけど、一枚だけおばあちゃんから貰ったお守りが」
持っていた数少ない荷物の内、財布から一枚のカードを取り出す。
『絶海の歌姫リリア・マリン』、見た事もないカードだ。手に持つと、一際力が強い精霊が宿っているのが分かる。
「せっかくだし、このカード中心に組もうか」
「でも、私他のカード持ってないですよ?」
「問題なし」
引き出しを開けると、カードがコレクションされたファイルが山程収納されていた。
バトルが出来ない欲をコレクションで発散している為、家には使えないレアカードが沢山眠っている。
どうせ使えないなら役立つ人にあげようと、ウミカのカードを中心にコレクションしていたカードも含めてデッキを組む。
「本当にいいの?」
「良いの良いの、どうせ死蔵するだけだし」
滅茶苦茶遠慮されたが、これから先必要になるからと無理矢理渡す。
こうして、晴れてバトラーの仲間入りしたウミカに少しでも自分の身が守れるよう特訓が始まる。
ウミカは決して飲み込みが早い訳ではなかった。
「歌以外へたっぴな私ですいません……」
むしろ要領が少し悪いが、努力と練習量でカバーしている。おそらくダンスも相当の努力を積んだのだろう。
「なんでアイドルになろうと思ったんだ?」
「最初は歌手志望だったんですけどねー。社長がアイドルの方が売れるって」
世間話をしながら練習する。
「ダンスは大変ですけど、今はとても充実してるんです。私の歌で沢山の人にエールが届けられてる気がして、やっぱり歌って良いなって」
歌について語る彼女は、とても楽しそうに笑う。
「ドームをお客さんで一杯にして、私の歌で全員を楽しませるのが夢なんです。できればその光景をおばあちゃんに見てほしくて」
「良い夢じゃん」
「でしょ?私ね、歌を聴いて喜んでくれる顔が大好きなんです」
ただ、夢を語る彼女の声に、少しの悲しみが混じっているような気がしたのが気がかりだった。
ウミカとの共同生活も6日目が経った。
今日も今日とて変わらぬ一日。夕飯を食べウミカがお風呂から上がるのを待っていると、久しぶりにスマホが鳴った。
「もしもし」
『お疲れ様です、ウツロ君』
通話相手はジョン。ようやく鼠取りが終わったようだ。
「連絡が来たって事は、そっちの仕事は終わったんですか?」
『えぇ、一区切りはつきました。明日の夜、マリア君を近くまで派遣します』
合流場所はいつかの公園。明日の夜ウミカを連れて行けば護衛は終了。長いようで短い共同生活も終わりだ。
「ここまで手伝ったんですから、なんで彼女が狙われてるかぐらい教えてくださいよ」
ウミカにも聞いてみたが、彼女は知らないと言っていた。
『そうですね、ウツロ君も知っておいた良いかもしれません』
何故ウミカが白昼堂々襲われたのか。
『彼女の歌声には、力があります』
ジョンが言うには、夜天ウミカの歌声には精霊の力を増幅する力があるらしい。ウミカが歌っている間、歌に込められた感情が大きければ大きい程、力は増福される。
『幸か不幸か、生歌でない場合は効果は殆どなく、誤差の範囲でしかありません』
これがウミカが狙われた理由。異能の中の異能。
精霊狩りに力を入れるアングラ組織の数々からすれば、彼女の力は喉から手が出る程欲しいだろう。それこそ民衆の前で誘拐なんていう強引な方法をとってでも。
「これから、どうするんですか」
『……当分は、活動休止という形をとってもらう事になるでしょう。勿論休止中は我々の仲間が24時間護衛につきます』
敵は手段を選んでいない。大小様々な組織が彼女を狙って追っ手を放っている。
「それは……」
当分など建前だ。全ての組織が彼女を諦めるまで、彼女は表舞台に立てない。
いつ、どうすれば組織は彼女を諦めるのか。
『勿論、違法組織の根絶は我々の使命です。全力をかけて取り組む事は言うまでもありません』
分かっている。彼等は全力で仕事に取り組んでいる。けれど、
「ライブは、どうなりますか」
『私が言わなくても、お分かりなのでは』
彼女の問題があと2週間で片付くわけもない。
生ライブなど、ここにいるぞと敵に知らせるだけだ。今の追っ手ならば観客を巻き込んだ大惨事に発展しかねない。
しかし、しかしそれでは、彼女の夢は--
『私から言えるのは以上です』
通話が切れたスマホを、固く握りしめる。
「あー、聞いちゃいましたか」
諦めと、悲しみが入り混じった声。
振り返った先で、ウミカが泣きそうな笑みで立っていた。