蝶が羽ばたきタイフーン
国際警察の偉い人と戦った翌日。
ダイチ部長が勝ち取った初めての部活動は、高校の部室、ではなくカードショップビクトリーで行われる事となった。
「なんでウチの店に来てるんだお前ら」
「俺達のコーチになってくれ師匠!」
「師匠じゃねえ、店長だ」
両手を合わせて頼み込むホムラの頭に、チョップを落とす。
「僕から説明します」
ホムラとタイヨウ店長のやりとりを見て、苦笑いを浮かべていたダイチ部長が状況を説明する。
無事ステラバトル部の活動を勝ち取ったダイチ部長だったが、いくつかの問題が残った。
1つ目は部室がない事。元々部活動が活発な高校だ。余っている部室なんてなく、昔使っていた機材も処理されていた。クラスの教室も使えなくないが、教室に残るクラスメイトもいたりするのでとても集中できる環境とは言えない。
2つ目は顧問がいない事。一応生徒会長のおかげで形ばかりの顧問はいるが、少しでも早く監督してくれる大人を用意しろとも言われている。
「それで俺に頼みに来たってわけか」
綺羅星高校のOBかつカードショップの店主という信頼できる立場があり、ステラバトルができるバトルスペースもあり、尚且つバトルに詳しいという今のホムラ達にとってこれ以上ない好条件。
「頼むよ師匠〜!」
「だから師匠じゃなくて店長だ」
「受けてもいいんじゃない?お客さんも対戦相手が増えれば喜ぶし」
カウンターから身を乗り出し、サクラさんも助け舟を出してくれる。サクラさんは思ったよりも乗り気なようだ。
「それとこれは話が別。ただの部活で態々俺がコーチやる必要ないだろ」
スペースを貸す事はやぶさかでもないタイヨウだったが、コーチを受けるとなると話は別。責任を負う立場を簡単に引き受けるわけにもいかないし、ステラバトルを楽しむだけなら態々タイヨウでなくても他の大人でいいわけで。
「僕達は、全国大会で優勝を目指します」
全国高校ステラバトル大会、各校4人チームにて行われる団体戦。
(4人チームって珍しいですね)
(まあな)
タイヨウ店長を説得している部長達から一歩引いた位置で、コソコソ話すマリアとウツロ。大会に詳しくないマリアにルールを説明する。
4人1チームで、先鋒、中堅、副将、大将に分かれて1人ずつ戦い、先に3ポイント先取したチームの勝利。
先鋒中堅副将が勝てばそれぞれ1ポイント、大将が勝てば2ポイントゲットできる。
(先鋒中堅で1:1になったら副将戦が消化試合になりません?)
(そうならない為に、1:1の状態で始まる副将戦は勝った方が次の大将戦で先攻後攻を選べるんだよ)
大将の責任はとても重いが、先の3人が負ければチームは敗退。
大将にチーム最強を置く事を読んで最初の3人を強く組むか、それとも定石通りに大将を1番強くするかでチームの戦略が問われる。
「一旦お前らの腕を見せてみろ。話はそれからだ」
タイヨウ店長の鶴の一声で、早速部活内での対戦が組まれる。
1戦目はホムラVSダイチ部長と、ハルカVSマリアの対戦カード。
「いくぜ部長!!フィールドセット!!竜の住まう地ドラゴンバレー!!」
「いくよ、ホムラ君。フィールドセット、大地の神殿グランモニカ」
炎属性デッキらしく積極的に攻めるホムラと、一手一手を正確に対処していく慎重派のダイチ部長。
「ウチたちもやろっか!フィールドセット!そよ風平原!」
「はい、フィールドセット、クリスタルローズガーデン」
隣では風属性デッキを使うハルカと大地属性デッキを使うマリア。
(デッキ変えてるのか)
いつかの夜と違うデッキを使うマリア。バトルの様子を見てみると、全体的に上手いが所々ギクシャクしたプレイングが混ざっている。
慣れないデッキだからか練度が足りていないように思うが、それでも優勢な試合運びは流石と言わざるをえない。
「お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
4人のバトルを観戦していると、サクラさんがお茶の入った紙コップを持ってきてくれた。
紙コップを受け取りお礼を言うと、サクラさんはニコニコと微笑んでいる。友人と遊んでいるところを親に見られているような気恥ずかしさを感じてしまい、ついつい顔を逸らす。
恥ずかしがるウツロを見て、サクラさんは更に微笑ましく笑うのだった。
「ヴァーミリオンVで攻撃!覚醒のバーニングロアー!!」
「くっ!僕の負けだね……」
「水晶薔薇の姫で攻撃です」
「うぅ、ウチの負けです……」
気がつけば勝敗が決していた。
勝者はそれぞれホムラとマリア。
「大体実力は分かった」
試合をじっくりと見終えたタイヨウ店長が椅子から立ち上がり、初めにホムラを指差し、ダイチ、ハルカ、マリアと順に指を移動させる。
「まずホムラ、爆発力はあるが相変わらずムラが多すぎる」
「次にダイチ、相手のデッキを予測した動きは上手いが、想定外の動きに弱すぎる」
「ハルカは受けばかり意識しすぎて攻め手に欠ける」
「マリアは問題ないな。ただデッキの練度が足りてないから回数をこなせ」
ホムラ、ダイチ、ハルカ、マリアの順に今の課題を提示する。
流石カードショップの店長だ、たった一戦でホムラ達の課題を的確に把握した。
タイヨウ店長はメモ用紙を取り出して何か書き込むと、ホムラ、ダイチ、ハルカに切り取って渡す。
「知り合いのカードショップを書いておいた。全員が1ヶ月以内にそこのショップ大会で優勝したらコーチを受けてやってもいい」
「こう見えて、皆さんのこと結構期待してるんですよ?」
「うるさいぞサクラ」
ホムラには受けデッキばかりが集まる店を、ダイチには奇想天外なコンボデッキばかり集まる店を、ハルカにはコントロールデッキが集まる店を紹介する。
それぞれが不得意なデッキタイプばかり集まるカードショップでの武者修行。厳しいものになるが、乗り越えれば確実にレベルアップするだろう。
ホムラ達は絶対に課題を突破するぞとやる気を漲らせる。
「マリアとウツロは一足先に俺が面倒みといてやる」
「絶対に優勝するぜ師匠!」
「うん、ここで勝たなきゃ全国なんて夢のまた夢だもんね。頑張ろうホムラ君、ハルカ君」
「ウチも頑張るよ!待っててねマリアちゃん!ウツロ君!」
早速明日から武者修行に出る事にし、残りの時間は対戦相手を変えて何度もバトルしてメンバー同士の交流を深める事に。
バトルする4人を見ているだけでも結構楽しいもので、気づけばかなりの時間が経っていた。
店を出る頃には外はすっかり暗く、寄り道も無しに各々家に帰る事になった。当然ウツロも帰路につく。
商店街を通る頃には、すっかり夜になっていた。この辺りは夜になると昼間とはまた違う賑わいがある。
お酒で疲れを吹き飛ばしたサラリーマン達が、チカチカと光る看板に釣られてお店に入る。空を見上げれば、ネオンライトの光に霞んだ星空が見えた。
夜の光景が好きだ。
人工の光よりも儚い星空が好きだ。
少しの冷たさを持った夜風の感触が好きだ。
良い試合を沢山見たからだろうか?少しだけ体が熱を持っているような気がする。夜風が凄く気持ちよく感じ、もう少しだけ歩こうと遠回りする事にした。
商店街を通り抜け、人混みの中を歩いていく。
気が付けば、駅の前の広場に居た。帰る人、帰ってきた人。多くの人が行き来する広場の中心に設置された噴水から、水音以外の音が聞こえてくる。
「~♪」
気になって音の聞こえる方に行ってみると、噴水の前に設置されたベンチに座った女性が鼻歌を歌っている。
沢山の人が行き来するも、ウツロ以外誰も気にしていない。
帽子を深く被った少女は、ただ気持ちよさそうにメロディを奏でる。決められた曲はなく、ただ自由に歌う。
「♪~♪」
つい立ったまま聞いていると、気持ちよく歌い終えた少女と目が合う。
歌い終わった彼女に、パチパチと拍手を送る。
「凄く良かった」
初めての感動に、心からの感想を送る。
なんてことはない即興のメロディなのに、酷く心を打たれた気分だ。
「そ、そうですか?でへへへぇ」
深く被った帽子で表情は全て見えないが、蕩けるような口調から照れているだろう事は分かった。
独特な笑い声のリズムで体を揺らしている彼女のポケットから、小さくアラームが鳴る。
「あっ、そろそろ行かないと」
ポケットから取り出したスマホで時間を確認した彼女は、ベンチから立ち上がる。
「引き留めちゃったか、ごめん」
「いえいえ!こちらこそ聞いてくれてありがとうございました!本当に嬉しかったです!」
お世辞ではなく、本当に嬉しそうに彼女は笑う。
「またどこかで会いましょう!」
「その時は、また歌聞かせてよ」
「……はい!」
最後の最後に浮かべた悲しそうな笑みが心に焼きつく。
理由なんて言わず、彼女はさっさと駆け足で去っていった。あまりにあっさりした幕引きに、今のは夢だったのではと思わずにいられない。
あんなに楽しそうに歌っていた名前も知らない彼女が、何故そんな笑みを浮かべていたのか。この時はわからないでいた。
答えを知ることはこの先もないのだろう、そんな風にこの日は思っていた。
***************
「ウツロ!!彼女を頼む!!」
「え?は?え?」
土曜日。学校も休みだし昼間からカードショップにでも足を運ぼうと歩いていたところ、他所の町に武者修行に出ているはずのホムラとばったり出会ったかと思うと、帽子を深々と被った少女を押し付けられた。
「いたぞ!あそこだ!!」
「追え追え!!」
「頼んだ!フィールドセット!!竜の住まう地ドラゴンバレー!!」
完全にカタギでない奴らが何人も追ってくる。ホムラが彼らの前に立ちふさがってデッキを構え、精霊の力を借りてバトルフィールドを展開する。
バトルフィールドにホムラと追手の男達が飲み込まれたが、更に奥から走ってくる人影が多数。
「あぁ!もう!」
明らかに追加の追手だ。また何かに巻き込まれたらしい。
とにかくこの場を離れようと、託された女性の腕を掴み走り出そうとして少女の顔を見る。
「君は」
「お、お久しぶりですぅ……」
別れ際に悲しい笑みを浮かべた少女。
あれから10日も経たない内に、彼女と再会したのであった。