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出産

フローライト第六十四話

「あんたさ、帰るとか帰らないとか、ごたごたするのやめてくれない?」と母に言われる。


「いいじゃん、そんなの」


「いくないよ。こっちも都合があるんだから」


母がブツブツと言ってキッチンの方へ行った。


咲良は九州の実家に帰ってきていた。帰るしかないとんでもないことが起きたのだ。


三日前、咲良は市販の妊娠検査薬で検査をした。判定は妊娠を告げていた。でも間違いということもありうると次の日病院に行った。


結果は妊娠十六週目・・・。唖然とした。


(きっとあの時だ・・・)と咲良は思った。それ以外考えられない。あの利成が怪我をしてた時期に明希に頼まれて天城家に行っていた・・・その最後の日、利成と身体を重ねてしまった。その時中に受け止めてしまったのだ。


(どうしよう・・・)


奏空には絶対に言えない・・・。それに奏空ならこっちが言わなくても気づかれてしまう可能性があった。咲良は病院に行った次の日、すぐにあのマンションを出た。それが今日なのだ。


(サイアク・・・)


今は夜の十時・・・。奏空からはまだ何も言ってきてない。きっとまだ帰宅してないのだ。咲良は置手紙だけして出て来ていた。


布団の中でスマホを眺めていると奏空から電話が鳴った。夜の十時半近かった。


「もしもし?」


「咲良?!どういうこと?実家に帰るって」


いきなり言われる。


(そりゃそうだよね・・・)


「奏空、どうしても事情ができて帰るしかないの」


「どういう事情?」


「それは言えない」


「何で言えない?」


「複雑なのよ」


「複雑でも説明して」


「・・・親の具合が悪いのよ」


「親の?病気?」


「そうなの・・・だから・・・」


「何の病気?入院してるの?」


「うん、そう・・・」


「病名は?」


「えーと・・・」と咲良が考えているといきなり部屋のドアが開いた。


「咲良?!お風呂どうするの?入るなら入っちゃって!」と大声で言われる。咲良は振り返って唇に人差し指を立てた。それを見ると母は嫌な顔をしてドアを勢いよく閉めて行ってしまった。


「・・・咲良?今のお母さん?」と奏空に聞かれる。


「・・・そう・・・」


「病気じゃないの?」


「父の方だから」


「そう・・・」


「だからごめん・・・」


「いつ帰れる?」


「その・・・だいぶかかりそうなんだ」


「そうなんだ・・・じゃあ、俺もそっちに行くよ」


(え?)と思う。


「い、いい。来ないで。大丈夫だから」


「だって大変なんでしょ?俺、咲良の親に挨拶に行くよ」


「何の挨拶?来ないで」


「結婚するじゃん。先に挨拶してもいいでしょ?」


「結婚なんてしないから」


「何で?」


「いつも言ってるでしょ?奏空はまだそういう時期じゃないからって」


「時期も何もないよ。それは俺が決めることだし」


「・・・とにかく来ないで」


「・・・・・・」


「じゃあ・・・」と切ろうとしたら「ちょっと待って」と言われる。


「何?」


「何か俺に嘘ついてない?」


「ついてないよ」


「ついてるよね?」


「ついてないって」


「・・・わかった。とにかく俺もそっちに行くから」


「来ないで!」と思わず大声を出してしまった。奏空が押し黙る気配がした。


「ごめん、ほんとしばらくはこっちにいるから」と咲良は一方的に電話を切った。


(奏空、ごめん・・・)


涙が出て来た。泣くなんて久しぶりのことだ。でも自業自得とはこのことを言うのだ。


 


それから一週間経った。スマホはずっと切っていたので奏空から連絡が来ていたかはわからない。身体の方は特に変化はなかったけれど、いずれは親にも言わなければならないだろう。


「あんたさ、ゴロゴロしてるならちょっと手伝ってよ」と母に言われて洗濯したものを手に庭の物干しに立つ。十二月も後半だったが今日はわりと暖かかった。太陽がてっぺんまで上がっているのを咲良は仰ぎ見た。


その時家の前にタクシーが一台止まった。咲良は何気なくそっちの方を見て持っていた洗濯物を地面に落としてしまった。


タクシーから降りて来たのは奏空だった。タクシーのドアが閉まって走り去ると奏空がこっちに気が付いた。


「咲良」と嬉しそうな笑顔を見せる奏空が家の門を通って咲良の方に向かって歩いてきた。


「どうしたの?!」と咲良は驚いて言った。


「来るって言ってたでしょ?お父さんは大丈夫?」


「・・・・・・」


咲良があまりのことに茫然と奏空の顔を見つめていると家の窓が開いて母が顔を出した。


「ちょっと!早く干しちゃって!」と怒鳴られる。


「わかってるって!」と咲良が答えると、母が奏空に気が付いた。


「あら?お客さん?」と急に声の調子が変わる。


「初めまして。天城奏空といいます」と奏空が頭を下げた。奏空がこんなに丁寧に挨拶をするのを見たのは初めてかもしれない。


「え?天城奏空さん?・・・」と母が考えるような顔をした。


「ちょっと、咲良。あの天城さんじゃないよね?」と母が聞いてくる。母は利成の曲をわりと聴いていて利成の情報もわりと知っていることが多かった。


「・・・その天城さんだよ。息子の方」


「え?えー?!!」と母が驚いている。咲良はそんな母にため息がでた。母は昔からミーハーなところがある。


奏空が少し照れたような笑顔で母の方を見ている。


「やだ、掃除してないわ!でも、どうぞ、入って下さい」と母が言って窓を閉めた。


 


居間に奏空を通すと母が「ちょっと何もないから急いで買い物に行ってくるから」と咲良に耳打ちした。


「わかったよ」と咲良が答えると「お構いなく」と奏空がえらくまともなことを言ったので咲良は奏空の顔を見つめた。


「何よ?」と咲良の母がいなくなると、奏空がいつもの調子で言った。


「何で来たのよ?」


「咲良こそ何で嘘つくのよ?」


「嘘なんてついてないよ」


「じゃあ、何で勝手に一言もなく実家に戻ったの?」


「それは父親が具合悪いからって・・・」


「じゃあ、そう言えばいいじゃん。何も言わないでなんて変でしょ?」


「・・・・・・」


咲良が黙っていると奏空が立ち上がって咲良の前まで来て顔をのぞき込んできた。


「咲良?言って。俺は大丈夫だから」


「・・・・・・」


奏空が咲良の手を握った。


(言えるわけないでしょ・・・)


「俺に嘘は通じないの知ってるでしょ?本当のこと言って」


「嘘が通じないならわかるでしょ?言わなくたって」


「・・・そうだね、でも咲良から言ってよ。俺が間違ってるかもしれないから」


「間違わないでしょ?奏空は」


「間違う時だってあるよ」


「じゃあ、まず奏空が言いなよ。間違ってたら間違いって言うから」


「・・・咲良の身体の調子が悪いんじゃない?」


「・・・・・・」


「違う?」


「そうだよ。だから帰って」


「どう具合悪いの?」


「そんなのわかるでしょ?エネルギーがどうとか言ってたじゃない?見ればわかるでしょ?」


「・・・・・・」


「私、奏空とはもう無理なんだよ。だから早く帰って」と咲良はうつむいていた顔をあげて奏空の顔を見た。奏空は得に表情を変えてはいなかった。


「一緒に帰ろう」と奏空が言う。


「帰れないから」


「ここでどうする気?」


「ここで働くよ」


「・・・一人で生むの?」


そう言われてハッとして咲良は顔を上げた。奏空が切なそうに咲良を見つめている。


「そうだよ。だから帰って!」と言って顔を背けた。


「一緒じゃないと帰らないよ」


「・・・・・・」


「向こうで話そうよ」


「この子が誰の子か奏空ならわかるでしょ?だから帰れないっていうのもわかるはず」


「・・・それは俺の子でしょ?」


「・・・違う」


「そう・・・でも俺の子だよ」


「違うって!」と咲良が怒鳴ると奏空が抱きしめてきた。


「俺の子なんだよ。だから一緒に帰ろう」


「違う・・・きっと・・・」


「いいから」と奏空が抱きしめる手に力をこめてきた。


「・・・・・・」


 


その日の夜は奏空が泊り、父や母とかなり打ち解けてしまった。いつもよりだいぶゴージャスな夜の食事に母はずっとご機嫌で、到底本当のこと言える雰囲気ではなかった。夜は咲良と同じ部屋に布団を敷いた。奏空が「結婚するつもりだ」と話したのだ。「え?えー??」と母は驚きつつかなり嬉しそうだった。咲良はそんな母を見てため息が出た。


階下がシーンと寝静まると奏空が起き上がって咲良の方の布団に入って来た。


「咲良、どうして言ってくれなかったの?」


「言えるわけないでしょ。そんなこと」


「俺はほとんどのことに驚かないんだから言っても大丈夫だよ」


「・・・じゃあ、わかってたの?」


「咲良の様子が変だったから・・・」


「いつ?」


「咲良が実家に帰る前の日・・・全然様子が違ったから・・・エネルギー読んじゃったよ」


「・・・それでわかったの?」


「はっきりはわからなかったけど何となくはね」


「そう・・・」


「帰ろう」


「・・・どうする気?私は生む気なんだよ?」


「結婚しよ?それで解決」


「解決なんてしない・・・だってこの子は・・・」


「俺の子だよ」


「奏空の子じゃないよ」


「誰の子かなんてそんなに重要?」


「重要だよ」


「そう?じゃあ、俺の子でいいでしょ?」


「奏空?ほんとにわかってる?この子は利成の・・・」


そう言いかけたら奏空が口づけてきた。ひとしきり口づけられて咲良の目から涙が流れた。その涙を奏空が親指で拭う。


「いいから、帰ろ」


奏空が優しい目で見つめてきた。


「だって・・・」と咲良の目から涙が溢れ出た。「奏空のバカ」と咲良は手で顔を隠した。


「隠さないでよ。大丈夫だから」と奏空が咲良の手をつかんで顔からよけた。


「今日以外のことは手放してただ俺といて」


「・・・奏空・・・」とまた涙が溢れる。


「そんなに泣かないで」と奏空が手のひらで咲良の頬に伝った涙を拭った。


その夜はシングルの布団に奏空と一緒に眠った。咲良には奏空がどうしてそんなに何もかも許してくれるのかわからなかった。けれど次の日、結局奏空と帰ると母に伝えた。


「そう?また奏空君と遊びにおいでね」と母はえらく愛想よくそう言った。


 


仕事を辞めてしまっていたので、マンションに戻ってもやることがなかった。奏空は働かなくていいという。どちらにしてももう年末だった。とりあえずは動けずに家で過ごした。


元旦の日、天城家に行った。奏空が結婚のことをもう一度相談するというのだ。久しぶりに会う利成は、以前怪我した足もすっかり治っていた。


「何でまた結婚を急ぐの?」と明希が言った。


「子供ができたんだよ」と奏空が言うと「えっ?!」と明希が思いっきり驚いた。咲良はうつむいた。利成の視線を感じたからだ。


「ほんとに?」と明希が咲良の方を見た。咲良は「はい・・・」と小さく答えた。


「どうしたらいいのかしら・・・?」と明希が困ったように利成の方を見た。


「奏空は結婚したいんでしょ?」と利成が聞く。


「そうだよ」とあっけらかんと答える奏空。


咲良はただずっとうつむいていた。明希の顔が見れなかったのだ。


「ごめんなさい、ちょっとトイレに・・」といたたまれなくなって咲良は席を立ってトイレに行った。明希は本当のことを知ったらどう思うだろう・・・。


トイレから出ると廊下で利成と鉢合わせた。


「咲良、ちょっといい?」と利成に言われて一緒に二階に上がった。利成の仕事部屋に一緒に入る。


「子供は奏空の子?」と聞かれる。


「・・・・・・」


そうだと何故か答えることができずに咲良はうつむいた。


「・・・そうか・・・・」と咲良が何も言ってないのに利成がわかったかのように言う。


「奏空は知ってる?」


「知ってる」


「そう・・・」と利成が考え込んむような顔をした。


「でも、私生むから」と咲良はようやくそれだけ言った。


「そうか・・・」


利成が咲良の頭を撫でた。それから「先に下に行ってて」と言われる。


リビングに戻ると奏空が一人でテレビを眺めていた。


「あ、明希さんは?」


「上に行ったよ」


「え?今?」


「ん、さっき」


入れ違い?でも階段でも会わなかった・・・。


「奏空、やっぱり結婚はいいよ」


「・・・・・・」


「今のままでいいから」


「咲良は何も心配しないで」


「心配っていうかほんとに・・・」と言っていたらリビングのドアが開いて利成が入って来た。


「奏空、結婚や今後についてはまた後で話すことにしよう」と利成が言う。


「ん・・・わかった。・・・利成さん、何かあった?」と奏空が目線を二階に向けた。


「ちょっとね。でも大丈夫だよ」


「そう・・・じゃあ、俺たちは帰るね」と奏空が立ち上がった。


 


その後たて続けに問題が起きた。まず明希が実家に行ってしまったというのだ。そしてその実家に戻ってしまったタイミングで明希の父が倒れた。一命はとりとめたがしばらくは入院ということになった。危篤の知らせが来た時に、利成と奏空が明希の父が入院した病院に行ったが、咲良は一緒に行くわけにもいかず、家で気にしながら過ごした。


容態が落ち着いたというので奏空がマンションに戻って来て、咲良は事態が今、複雑になっていることを知った。


「え?・・・・ほんとに?」


咲良は奏空の顔を見つめた。


「うん・・・」といつになく少し深刻そうな顔を奏空がした。


それは咲良のお腹の子が、利成の子かもしれないということが明希にわかってしまったというのだ。


(やっぱり、あの時・・・)と咲良は思った。明希は二人の関係を知っていたのだ。


「明希から利成さんにそう聞いてきたんだって。利成さんが否定も肯定もしなかったらしいから・・・」


「何で?否定してくれたら良かったのに」


本当にそう思う。


「そうだね、でも、利成さんはずっとそのスタイルだよ。明希次第ってことを知ってるからね」


「そんなの間違ってるよ。相手次第って自分が考えたり決断をしたりが嫌だからでしょ?何かの時に相手のせいにできるもの」


「咲良、囲碁の話し、思い出して」


「囲碁?」


「そう。こうなったらこうでってある程度決まってるって教えたでしょ?人の心理もパターンがあるって。利成さんは明希の心理パターンで考えてるんだよ。そうすると先がわかる。明希はね、自分で考えて自分で判断をするってことを怖がるから、今まで利成さんの女性関係には本気で突っ込まなかったんだよ。突っ込めば自分が決断しなきゃならなくなるからね」


「・・・・・・」


「でも今回は突っ込んだ。それは明希にも負債があるからなんだよ」


「明希さんの負債?」


「そう。明希もエネルギーが何となく変わってたの気づいてた?」


「・・・エネルギーとかはわからないけど・・・綺麗になったっていうか・・・明るくなったような気はしてた」


「そうでしょ?咲良でもわかるなら利成さんは?」


「利成は奏空と一緒だよ。嘘ついてもすぐバレちゃう」


「そう。利成さんは相手の思考パターンを読むから行動も予測がつく。でも、今回の明希はそういうんじゃなく、全体的に波動が変わったんだよ」


「・・・波動が変わったって?」


「多分だけど・・・明希も思いを果たしたんじゃないかな?」


「思いって?」


「元カレとの思い」


「えっ?!昔の?」


「そう。その人とどうやってもう一度会ってどうしてそうなったのかはわからないけど・・・明希の変化はそれを考えるのが一番妥当かなと思うよ」


「明希さんも浮気したってこと?」


「まあ、浮気じゃないだろうけど・・・そういうことになったような気はするね」


「・・・・・・」


「利成さんも咲良に会って自分に変化を感じていた、明希は元カレとの思いを果たすに至った・・・明希はそこで咲良と利成さんのことに対してバランスを取ろうとした・・・。でも、子供と聞いてそのバランスが保てなくなったんだろうね」


「・・・私が明希さんを傷つけたんだんね・・・」


「違うよ。咲良じゃない。利成さんと明希の問題だよ。お互いに隠していたことが現れてきたにすぎない・あのね、隠していることは必ず現れるんだよ。今後は隠し事が難しくなる時代だからね」


「時代って・・・私は最初から奏空に全部筒抜けじゃん」


「ハハ・・・そうだね」


 


もし利成と明希が離婚なんてことになったら完全に自分のせいだと咲良は思った。皮肉なことにそれを望んでいた時もあったのに、今は二人がうまくいって欲しいと思う。


明希の父がかなり回復して家に戻れることになった頃、明希自身も自分の家に戻って来たことを利成自身から聞いた。奏空の今後に関して利成と話すからと、利成が奏空と咲良の住むマンションに来たのだ。


「明希さん、大丈夫なの?」と咲良は聞いた。


「大丈夫だよ」と利成が答えた。


「でも私もう明希さんに顔向けはできないよ」と咲良が言うと利成が笑顔で「何で?」と言った。


「何でって・・・」


そんなのわかるだろうにと咲良は思う。


「私、正直奏空がこうして私といるの自体もよくわからない。何で許せるのかって思う。だから明希さんも同じだと思うよ。絶対に私を許さないってわかるよ」


「そうか・・・」と利成が奏空の方を見た。


「俺は許してるわけじゃないよ。承知してるだけ」と奏空が言う。


「承知してるだけって?」


また意味がわからない。


「正直感情が湧かないわけじゃないよ。俺だって同じ人間だし・・・。ただその感情がどこからくるのかも知ってるのが他の人とは違うところかな・・・。だから後は切り離せばいいだけだから」


「また、意味がわからない」


「まあ・・・俺も説明できないよ」


「明希のことは咲良は気にしなくていいから。それより奏空の話しだけど・・・」と利成が言う。


(いや、明希さんのこと気にしなきゃならないでしょ)と内心咲良は思う。


「今回は前のように俺を使ってというのも無理だから奏空がどうするかなんだけど、奏空の動きで周りがかなり動くことになるだろうからね・・・」


「そうだね」と奏空が頷く。


「私のことならいいって。私は今のままでいいし・・・でも、子供のことで迷惑かけるなら実家に帰るし」


「帰るのはダメ」とすかさず奏空が言うと利成が奏空を見て少し笑った。


「結婚を発表すると咲良も危ないかもしれないよ」と利成が言う。


「私?」


「明希は週刊誌にかなりしつこく追いかけられてたみたいだからね。本人はあまり気づいてなかったようだけど」


「あー・・・そうか・・・私は平気だけどね。利成との時もかなりやられたから」


「ハハ・・・そう?」と利成が笑った。


「でも、咲良のお腹に響くよ」と奏空が言う。


「そうだね・・・」と利成が咲良のお腹のあたりを見た。


とりあえず結婚の発表は控えようということになる。奏空が生まれる前に籍だけ入れようと言った。


「でも・・・」と咲良は躊躇する。自分のせいで奏空を縛り付けてしまうような気がした。


「咲良、変な躊躇はいらないよ。若いからとかアイドルとか関係ないから。俺はもう咲良って決めてるんだから」と奏空が言った。


「決めてるって言っても・・・他の人の気持ちもあるでしょ?特に明希さんの」


「明希のって?」と奏空が言う。


(もう親子してわかんないのかな)と咲良は少しイラっとした。


「明希は俺との問題だからね、咲良は奏空と考えればいいよ」と利成が言う。


「いや、そういう問題じゃないでしょ?明希さんは奏空の母親なんだよ?嫁が自分の夫と関係持った人だなんて絶対に嫌でしょ?」


「まあ、そうかもしれないね」と利成が特に表情も変えないで言うので、咲良は頭にきてしまった。


「利成?!そういうところがダメなのよ?!明希さんが傷ついてきたのって、利成のそういうところだよ?!」とイラっとした調子で咲良は言った。


すると利成が急におかしそうに笑い出した。


(あーもう!)と咲良はさらにイライラとしてくる。


「咲良、やっぱり俺の女になってよ」と利成が笑いながら言う。


「は?!」と咲良は思いっきり呆れた声を出した。


「利成さん、俺の前で咲良を口説くのやめてくれない?」と奏空の方が憮然としている。


「そうか、ごめんね」と利成が奏空に謝っている。でもその表情はまったく悪びれてない。


(あーまったく・・・)と咲良は二人を睨んだ。


結局、結婚については隠せるところまで隠そうということになった。けれど咲良は明希と顔を合わせないまま数か月が過ぎ、咲良のお腹も目立ってきた。病院には定期的に検査に行っていたが特に問題もなく順調だと言うことだった。


「どうも女の子みたいだね・・・」と医者が言う。


(女の子・・・)


その夜に奏空に告げた。


「そうなんだ。もう性別わかるんだね」と奏空が言った。


「うん・・・」


「そうか・・・どんな女の子かな・・・」


「私に似てたらどうしよう・・・」


「何で?」


「だってこんな性格だよ?」


「何でさ、咲良に似てもいいでしょ?」


「いや・・・だって・・・」と言いながら、もしかして利成に似てたらどうしようかと思う。でも本当に利成の子かどうかははっきりしたわけではないのだ。


出産間近になった頃、奏空はまた全国ライブツアーが始まっていて留守だった。もうずっと天城家には顔を出していない。どうしても明希とは顔を合わせられずにいたし、明希もまた何も言ってこなかった。


「何かあったら自分か明希か利成さんに連絡して」と言われている。ツアー中は奏空が毎日電話やラインをしてきていた。


その日は秋なのに蒸し暑い日だった。何だか朝から変だなとは思っていたけれど、予定日はまだ先だったので横になりながら過ごしていた。けれど夜になって何だかお腹の痛みが増してきた。感覚も狭まっている。


(これ・・・マズいかも・・・)と咲良は思った。


奏空に連絡したが電話は繋がらなかった。それに奏空は今そばにいない。言っても仕方がなかった。タクシーも考えたがそうこうしているうちに出血がひどくなってきた。


咲良は思い切って利成に電話をした。それでもダメなら明希にするしかない。でも明希とは何だか断絶状態だったので連絡などはなるべくしたくなかった。


「はい?」と利成の声が聞こえて咲良は少しホッとした。


「あの・・・何だかお腹が痛いの・・・」と咲良は言った。


「すごく?間隔的に来る?」と利成が聞く。


「うん・・・それに出血も・・・」


「わかった。病院にかけれる?」


「うん・・・」


「行くから待ってて」と言われる。


病院に連絡を入れて利成を待った。利成に支えられて車に行くと助手席には明希が乗っていたので咲良は驚いた。何か月振りだろう。


「咲良さん、大丈夫?」と心配そうに明希が振り返った。


「はい・・・すみません」と咲良は頭を下げた。その途端、また痛みが来る。顔をしかめながら動けずにいると、明希が助手席から降りてきて「横になった方がいいよ」と支えてくれた。


 


病院についてからは、明希が付き添ってくれた。


そして朝方咲良は無事に出産をした。女の子だった。


病室に戻ると明希が待っていてくれていて、咲良の赤ん坊を見せられると涙ぐんでいた。


「利成も今来ると思うから」と明希が言う。


「はい・・・」と返事をして咲良は目を閉じた。酷く眠かった。


次に目を開けた時は利成がいた。


「奏空に連絡しておいたから」と笑顔で言う利成。


「うん・・・」と咲良は頷いた。それから「子供、見た?」と聞いた。


「見たよ」と利成が答える。


「そう・・・」と咲良は利成を見つめた。利成が手を伸ばして咲良の髪を撫でた。


「明希さんは?」


「一度帰るって。また後で来るって言ってたよ」


「そう・・・利成は?仕事でしょ?」


「うん・・・でもまだ大丈夫だよ」


「・・・そう・・・名前・・・」


「ん?」


「名前・・・赤ちゃんの・・・考えてないの」


「そうなの?奏空は?考えてないの?」


「さあ・・・」


「じゃあ、考えないとね」


「利成が考えてくれる?」


「・・・奏空がオーケーなら考えてもいいよ」


「うん・・・」


利成が咲良の手を握ってくる。何だろう・・・何だかすごく穏やかな気持ちが伝わる。


朝食が出始める頃、利成が帰ると言う。その時ちょうど看護師さんが赤ん坊を連れてきた。年配の看護師さんが利成を父親だと間違えて「はい、帰る前に抱いていって」と利成に赤ん坊を渡した。利成が少し面食らったような顔をしたので咲良は少し笑った。


「何か利成に赤ちゃんが似合わない」と咲良は赤ん坊を抱いている利成を見てまた笑ってしまった。


「そう?」と利成が咲良に赤ん坊を渡してきた。それから「小さいね」と利成が赤ん坊をの顔を覗き込んだ。


「本当に小さい・・・」


咲良も思わず笑顔になった。


「じゃあ、咲良。お大事にね。きっと奏空が飛んでくると思うよ」と利成が笑顔で言った。


 

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