蛙をなでて、帰る
中学生、一ノ瀬幸音は超能力少女である。二年前に家が火事で全焼し、そこで家族諸共焼死しかけたところで偶然サイコキネシスに覚醒した。
そんな彼女は最近ストレスを貯めていた。
「せっかく超能力に目覚めたのに最近使う機会がないなー」
もともと人一倍器用だった彼女はわざわざ集中してサイコキネシスを使うよりも自分の手足を動かした方が早いことが多かった。
覚醒したころは遊びで超能力を使うことも多かったが今となっては月一度使うかも怪しい状況になっていた。
もう少し超能力を使って役に立つことをしていいんじゃないかと思っていた。
ただうっかりサイコキネシスで事故でも起こしたら大変なことになるのでは?
という危惧感が使用を控えさせていた。使いすぎると頭痛いし。
ただ、兄にそのことを話したら
「ユキって意外とその辺まともなんだな。もっとあくどいことやってのかと思った」
と言われて少しむっとした。
別に好きで覚えたわけじゃないし。
超能力を持たない人は持つ人の悩みは分からないものだとか考えながら、
テニスの遠征でオーストラリアの道路をてくてく歩いていた時。
でかい蛙が道路の側溝にハマっているのを発見した。
しかも足を上に突き出しながら頭からハマっている。
これは、いわゆる犬神家ってやつ?
と最近無料で観た映画の記憶がフラッシュバックする。スケキヨ状態ってやつだ。
「いったいどうしてこんなことに」
水に入ろうとして自分の大きさを誤ったのか。
それとも変わった姿勢で寝ているだけなのか、と幸音は近くにあった木の棒を拾っておなかをツンツンつつくと
ゲコ……ゲコ……と悲痛な声を漏らしているのが聞こえた。
うっかり体を入れてしまったのか。まるで井伏鱒二の山椒魚のようだと考えながら幸音は木の棒を放り捨てた。
いやアレは住処で大きくなりすぎた話だからちょっと違うか。
幸音はこの哀れな蛙を助けてやろうかと考えた。
肩にかけていたテニスバッグを下に置いて、蛙を持ちあげようと側溝をまたいで腰を構えようとしてハッとする。
「海外の蛙って毒もってそう」
地味めな色をしているものの蛙には猛毒を持つ種類があると聞いたことがある。
なので安易に触ると手がかぶれて、明日の試合に支障をきたすかもしれないと幸音は考えた。
じゃあどうやって助けるのか。ということで選択肢は一つしかない。
こういう時こそ、超能力の出番である。
幸音は目を閉じて集中力を高めた。ふぅっと息を吐き、透明な腕をイメージする。
周囲の落ち葉が風もないのにうごめきだし、宙に上がる。
「よしっ」
幸音は目を開けて、蛙の腹回りを透明な腕で包み込むとグッと力を込めて上に引き抜いた。
すぽんと蛙は側溝から胴を引き抜かれ、その間抜け面を周囲にさらした。
「おー……結構デカい」
赤ん坊かと見間違えるサイズの蛙を宙でふわふわ浮かせる。
蛙はなすすべもなく手をピンと直立させていた。
「ヒキガエルかー。」
幸音は蛙をくるくると回転させながら観察する。
大きさは結構可愛い顔をしていた。
ぷくぷくと顔を膨らませて怒ったような目つきをしている。
助けてやったのに何様だというところだが、幸音はそれよりもどうやって愛でてやろうかと思案していた。
「あ、そうだ」
と幸音はポケットからハンカチを取り出す。
「布越しに触ればいいじゃーん」
幸音は手をフリルのついたきれいなハンカチで包み込むと蛙を好き放題撫でくりまわし、満足したころに蛙を道路に降ろした。
身体にまとっていた粘液もプライドも拭い落とされた蛙は
げこぉーーーーと悲痛な鳴き声をあげながら自然の中に帰っていく。
その様子を眺めた後に幸音もテニスバックを背負いなおす。
「さて、私も帰るか」
蛙だけになんてね、と呟いてホテルに向かう。
……こら、ハンカチでいいなら超能力使わなくてもよかったのでは?とか言わない。