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寝そべる犬と駆け回る猫

15分おきにかけているタイマーが20回目を迎え、私は一度作業を中断することにした。

タブレットを消し、身体を伸ばすと冷め切ったコーヒーを飲み干す。

イスから立ち上がるとグワンと目眩がして身体がふらつく。

頭痛がひどい。

昼食でもとろうかと考えたのだが、オーバーヒートした頭の回復を優先する必要があるようだ。

ベッドに横たわり息をつく。

外からは学校のチャイムの音が聞こえてきた。

作家業には平日と休日の境がないため、今日が登校日であること意識も薄い。

人付き合いが極端に苦手だった私は結局適齢期になっても結婚をすることはなく、

こうして老年を迎えることになった。

人よりも多少イラストの腕があったために、ほとんどの人生を一人で生きることになった。

私を気にかける友人や身内は徐々に姿を消していき、両親も数年前に亡くなった。

今、私と現世をつないでいる物と言えば本当に仕事の縁くらいな物であとは事務的なつながりくらいだった。

私はきっと静かに朽ち果てていくのだろう。

後に残る物は肉と骨だけ。

けれどもこれまでの人生を孤独に感じることはなかった。

私のそばには言葉は通じないが、ともだちがいた。喋れない友達。

いま部屋の片隅で毛布に包まれ、顔がずれないように頭にタオルを添えられている雑種犬のブチがそうだ。

雑種犬で老犬。今年で18になる。

ブチはこの冬を乗り切ることはできない。

時折黒目を薄く開いたり口をむずむずさせる以外は全く立ち上がろうともせずに彼は眠り続ける。

私はブチの寝息が一定の規則で流れていることを耳にしながら目を閉じようとする。

しかしガリガリという引っ掻くような音で目を覚ました。

起き上がり音のする方向に向くと、それは窓からだった。

引っ掻く音は徐々に素早くなっていく。

私はため息をついて、催促する窓の外の主に向かって、

「うるさいねぇ、今開けるってば」

と言って窓を開けようとすると、にゅーっと隙間から猫が入ってきた。

少し待てば全部開くのに無理矢理に身体を入れようとする無礼なヤツだ。

猫の名前をオチャコと呼ぶ。

オチャコは部屋に入ってくるとキョロキョロしながら部屋をウロウロし始めた。まるで

自分の庭のような態度で棚を嗅いだりベッドに上ろうとしている。さすがに外に出たナリ

でベッドに入られるのは看過できないので無理矢理下ろしたが、コイツはあっけらかんと

した態度で室内をフラフラする。

オチャコと出会ったのは、まだブチが散歩に出ることはできた頃。

彼の身体をハンモックのような布で包み込みながら一緒に歩いているときであった。

ブチが突然、道で立ち止まり伏せたまま動かなくなったのだ。

一体何事かと心配すると、自動販売機の下からニャーというか細い声が聞こえてきた。

ブチもその一点を凝視している。

私は仕方なく自動販売機の下をのぞき込むとボロボロになってうずくまる子猫を見つけた。

なるほどコイツを見つけたからブチは立ち止まったのだなと合点すると、私は子猫を拾い上げ、家で世話をした。

身体を綺麗に拭き取ったとき、思ったより毛は白かったものの、最初に見た泥だらけの姿

の印象が強かったので名前をオチャコとした。

オチャコを獣医師に連れて行き、処置をしてもらった。

コイツを飼うかどうか悩んでいたとき、たまたま電柱に貼られていた迷い猫の張り紙を見つけた。

どうやらオチャコは近所の飼い猫だったらしく、まだ家に来て間もないために帰り道がわからなくなっていたらしい。

こうしてオチャコは元の飼い主のもとに帰り、もう会うこともなくなった、と思われたが、

オチャコは私の家と飼い主のルートを覚えたらしく、散歩道の一つとして定期的にこの家に来るようになってしまった。

私も来るたびに餌をあげてしまったのが悪いのだが、すっかりこの家を基地の一つとして我が物顔で闊歩するようになった。

オチャコはいつも通り部屋をフラフラと彷徨っている。

すると、あるところでピタリと立ち止まって顔を近づける。

オチャコがふんふんと嗅いでいるのは、ブチだった。

ブチは猫に顔を近づけられているにもかかわらず反応はない。

・・・・・・もう顔を上げる気力もないのだろう。

子猫だったオチャコを世話していた頃の彼の姿を思いだし、悲しくなる。

オチャコは嗅ぐのをやめてブチに身体を擦り付けたり、ぺろぺろと鼻先を舐めたりするが、反応を示すことはない。

オチャコはニャアと一鳴きして、気まぐれか、フッと顔をよそに向けると、そのまま窓の方に走って行った。そしてこちらを振り向かずに出て行ってしまった。

どうやら本日の周回はこれで終了らしい。

「ごくろうさん、ブチ」

と言って私はブチを少しなでると、窓の鍵をしめてあくびをする。少し寝たら作業をしよう。

20分ほどで目覚めた後、昼食をとり、ブチにバニラ味のアイスクリームを塗り、掃除機をかけた。

作業を再開しようと、イスに座るとまたガリガリと窓を引っ掻く音がまた聞こえてくる。

ルーティンを終えて集中しようとしたときなのでさすがに苛立った。

まぁ、畜生ごときにブチ切れるのも人間様の沽券に関わるからなァと呟きつつ窓を開け、

「三度目はないと思え」

と低い声で言ってやった。

もちろんオチャコは聞く耳を持たず、だーッと部屋中を駆け回り、跳ね回る。

何が理由かは知らないが、やたら興奮しているオチャコの足は若干湿っていた。

床に点々と続く足跡を見て私は眉を潜めた。

「くそ、このお転婆め」

と悪態をつくのをよそに、オチャコは又ブチの前に立ち止まっていた。

私はオチャコの首元をむんずと掴み、有無言わさず、外に追い出そうとしたところ、ひらひらと猫の口元から落ちる物が一つ。

ゲッと猫の落とし物に対して嫌な予感を覚えたが、意外にもそれは一輪の花だった。

「花?どうしてそんな色気づいたものを?」

と私は猫から漂う匂いに気がついた。

なるほど、オチャコはブチを慰めようとしていたのだな。

オチャコと目を合わせる。

オチャコは不細工な顔をしており、人によっては愛嬌のある顔立ちとも言えた。

「お前もそういう感情があるんだな」

私はオチャコを床に離し、部屋を掃除した。その間も、オチャコはブチから離れることはなくずっと寄り添っていた。

再び作業に戻ろうとしたときにはもう彼女の姿は無かったが、寝そべっているブチは先ほどよりもうれしそうに見えた。

窓からは下校する学生の姿が見え、その後ろから猫が近づいて行くのが見えた。

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