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会社帰りになにか見た

 その日、すっかり日の暮れたレッド地区をサイラス・アマーストは歩いていた。彼がケントルム大学の近くの公園を通りがかったところ、学生たちの騒ぐ声が聞こえてきた。ああ、学校はそろそろ新入生を迎える季節なんだなと、アマーストが考えながら歩いていると、不意に路傍の雑草がざわめいた。かと思うと、急に強風が吹きつけてきた。その風は妙に生ぬるく、こちらを誘っているような気配すら感じた。そして低く唸るような声も聞こえた。不吉な予感と好奇心のはざまで彼は葛藤したが、結局好奇心が勝ち、風の吹いた方にふらりと吸い寄せられた。すると、ぴかりとなにかが光った。それは稲光で、アマーストのすぐそばで起きたのだった。思わず飛びのいて避け、顔を上げると、たくさんの人魂と白い人影が見えた。幽霊だと、彼は直感的に思った。叫びだしたくなるのを必死にこらえて、アマーストは回らない頭で考えた。この時間でも飲み屋が開いていて人通りが多いであろうグリーン地区ならば安全だろう。それに家に帰るには、どのみちそこを通らなければならない。彼は大急ぎでグリーン地区を通過し、這う這うの体で住宅街であるオレンジ地区の自宅に着き、後ろを振り返ったがなにごともなかった。幽霊も人魂もすべて見間違いだったと自分を納得させて、彼は自宅のドアを開け、いつもより厳重に鍵をかけた。だが怖いという感情は消えず、その夜は悪霊が出てくる夢にうなされて、眠りは浅かった。

 翌朝、アマーストは3歳の息子に、腹の上に載られて目が覚めた。悪夢を見てよく回らない頭のままわが子をなだめ、妻と息子と一緒に朝食を食べた。顔を洗ってひげを剃り、会社に向かった。鏡に映る顔には、目の下のクマが濃く浮き出ていた。


 朝のレッド地区は静かで、昨日の学生たちの歓声が嘘のようだった。幽霊など見間違いだったとアマーストは自分で自分を納得させ、歩いて行った。

 会社について仕事の準備をしていると、同僚が話しかけてきた。

「なあ、お前、幽霊って見たことある?なんかこの近くに出るらしいぞ」

アマーストはぎくりとした。あれは見間違いではなかったのか。そんな彼の動揺など気にも留めず、同僚は話し続けた。

「ケントルム大学の近くに公園があるだろ?あの辺を夜遅く歩いていると、白い人影が現れることがあるんだってさ。俺は見たことがないけど、うちの課でも5人ぐらい見てるんじゃないかな?」

 同僚はそう言って、職場の面子を見回した。その視線に呼応するかのように、数人がうなずいた。アマーストは言うべきかどうか思案したが、自分ひとりの中にとどめておけないと判断した。

「俺も見た、かもしれない」

 アマーストはすっかり怯えながら、やっとそう絞り出した。同僚は本当か?と驚いている。アマーストはうなずき、とぎれとぎれに言葉をつないだ。

「昨日、夜遅くに、こ、公園の近くを、通りがかったら、その、し、白い人影と、ひ、人魂が」

「へえ、他の奴が言っていることと似ているな。おっと、そろそろ朝礼だ。準備しないと」

 切り替えの早い同僚とは対照的に、アマーストは朝礼中も上の空だった。やっぱり自分が見たのは幽霊だったという事実が、心を締め付けていた。宗教施設を訪ねてお祓いを頼もうかと思っていたが、果たして効き目があるのかもわからないし、ぼったくりにでも遭ったら泣くに泣けないと思い、その考えを彼は切り捨てた。そもそも自分は、これまで幽霊などと言うものを見たことがないのに、なぜ今更という疑念がよぎる。この状況を解決する方法はあるのかと、アマーストは仕事中ずっと考えていた。昼休みに誰かに話しかけられても、考え事が頭を駆け巡ってうまく答えられない。そんな彼を見かねて昼過ぎに上司は、具合が悪そうだから帰っていいよと言った。彼は困ったことになったと思いつつも、ひそかに安堵した。なぜならこの時間ならば、さすがに幽霊は出ないだろうと思えたからである。アマーストはほかの社員たちにお先に失礼しますと告げて、会社を後にした。


 しかしどうしたものかと、アマーストはまだ考え続けていた。この時間に家に帰るのはためらわれるなと、彼は思った。まさか幽霊が怖くて早退したなど、家族にはとても言えない。そう思いながら時間をつぶそうと、彼は商業地区であるグリーン地区をぶらぶらしていた。そのとき、不意に高い声が聞こえてきた。

「リュシストラトス調査団でーす。どんなご依頼もお受けしまーす」

 声のした方を見ると、短髪の若い女性がチラシを配っていた。調査団ならば、今回の件を調べてもらえるかもしれないと考え、アマーストは女性に近づいて声をかけた。

「こんにちは。本当にどんなことでも調べてくれるのですか?」

 彼の言葉に女性は一瞬驚いたが、すぐに彼女はにこやかな表情を浮かべた。

「ええ、そうですよ。なにかご依頼ですか?」

「はい、ちょっと調べてほしいことがありまして」

 アマーストはそう言いながら、女性の服装をちらりと見た。これから運動でもできそうな軽装だ。彼女は一体、調査団の中でどんな地位にいるのだろうか。戦闘員なのかもしれないが、それにしては頼りない感じもする。果たしてこの調査団できちんと調査できるのだろうかと、彼は疑問を感じた。でも、誰に頼めばいいのかもわからなかった。

「すぐにでもご案内できますよ。どういったご依頼ですか?」

 女性は微笑みを浮かべたままそう言った。

「あの、オカルト的なことでも大丈夫ですか?」

 アマーストは質問に質問を返してしまったが、彼女は嫌な顔もせず、笑顔でうなずいた。警察に行っても門前払いされるだろうし、探偵に頼んだとしても鼻で笑われるだろう。この調査団に頼むのはひとつの方法だが、果たしてそれでいいものかと彼は悩んだ。

「とりあえず、チラシだけください」

 アマーストはひとまずそう言って、女性からチラシを受け取った。見ると、オレンジ地区の住所が書かれている。住宅街にある建物の一角でも借りているのだろう、帰宅がてら寄るのも悪くないが、飲食店にでも入ってどうしようか考えようと、彼は決意した。

「ありがとうございます。いつでもお待ちしています」

 女性のセリフを背中に浴びながら、彼はその場から立ち去った。

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