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弱小調査団の大口団長とシゴデキ副団長  作者: 水津希理
休講続きのリーベカッツェ教授
5/12

いざ行かん

 日が傾き始めたころ、調査団の面々はアリーナが聞きこんできた住所に従い、ゴールド地区の一角にいた。この地区には立派な邸宅が並んでいるが、一同の目の前にあるのはひときわ立派な古い豪邸だった。

「やっぱ、ケントルム大学の教授ともなれば金持ちなんだな」

 ジョナサンは豪邸を見てそうこぼした。アリーナが彼をたしなめるように言う。

「おじけづきましたか?」

「俺がそんな性格じゃないって、アリーナは知ってるだろ」

 そう答えてジョナサンは自分の頬を軽くはたき、ドアノッカーに手をかけた。その音に呼応して出てきた人物は、初老の執事だった。彼はいぶかしげに尋ねた。

「あなた方は誰ですか。ご主人様なら留守ですよ」

 ジョナサンはその言葉に不敵な笑みを浮かべて言った。

「もしかして、猫がらみか?」

 彼の言葉に執事は青ざめた。

「あなたたち、ご主人様とはどういう関係なんですか!」

「さあ、俺たちはリュシストラトス調査団一同だが?立ち話もなんだから、中に入れてくれないか」

 執事は渋々ドアを大きく開け、力なくどうぞとつぶやいた。


 一同は応接室に通され、メイドがお茶を持ってきた。執事はメイドが去るなり尋ねた。

「調査団だとおっしゃいましたね。どうしてご主人様のことを知っているんですか?」

「依頼人の名前は明かせないが、教授のことで困っていると依頼があったんでね。一体、教授になにが起きている?」

 ジョナサンはそう言って、質問に対して質問を返した。執事はがっくりとうなだれた。

「その、飼い猫のエミール様が行方不明になった3日後、ご主人様に脅迫状が届いたのです。『猫を返してほしかったら、教授が直接グレー地区に来い』と。わたくしどもは全力で止めましたが、ご主人様は夜中に家を抜け出しました」

「で、いまだに帰ってきていないと?」

 執事はうなずき、話を続けた。

「そしてまた、脅迫状が届きました。送り主はお金を要求してきました」

「確実に教授が捕まったと、どうしてわかる?指でも届いたか?」

「物騒なことをおっしゃらないでください。指ではありませんが、ネクタイが届きました」

「ネクタイ?そんなの代わりはいくらでも用意できないか?」

「いえ、ご主人様のネクタイはすべて特注品でございます。ご主人様の名前が刺繍された、確かに本物でした」

「なるほどな。金は払ったのか?」

「はい。でもご主人様はお戻りになりませんでした。そして今度は、また特注品のベルトが」

「もしかして、払わなかったり警察に行ったりすれば、教授本人を傷つけると脅してきたのか?」

「はい、そうです。要求額はどんどん増えています。昨日は上着の袖が届きました」

「で、また金を要求されたんだな」

 執事は力なくうなずいた。

「よし、俺たちがその事態を解決しますよ」

 ジョナサンが自信たっぷりにそう言うと、執事は信じられないという表情で彼を見上げた。

「いいのですか」

「ああ、それが仕事なんでね。教授が具体的にグレー地区のどこに行ったか、覚えているか?」

 執事は唖然とした表情のままではいと答えて、それからグレー地区の住所を告げた。アリーナはそれを聞き取って紙に書き留めた。

「善は急げだ。みんな、さっそく向かうぞ」

 そう言ったジョナサンに、アリーナは信じられないという顔をした。

「本気ですか?これから日が沈むというのに、スラム街に乗り込むなんて」

「ああ、教授が心配だろ?ま、俺たちならなんとかなるって」

「仕方ありませんね」

 浮かない表情のアリーナをよそに、ジョナサンは執事と握手を交わしていた。

「じゃあ、任せてくれ」

「はい、お願いします」

 執事は哀願するような表情になっていた。

 

 日がすっかり暮れたグレー地区を、調査団の4人はランプを手にして進んだ。いかにもスラム街らしく、周囲は荒れ果てている。落書きだらけの壁、破壊されたオブジェ、そこかしこに無造作に投げ捨てられた大量のゴミ。だが一同は、そんなものには目もくれずに、聞きこんできた住所を目ざした。やがてジョナサンたちは、他の建物に劣らないほど落書きまみれで、壁も崩れている小屋にたどり着いた、

「ここだな。行くぞ、アリーナ。グロリアとユキナリは裏手に回ってくれ」

 ジョナサンは声を落としてそう指示した。アリーナとグロリア、ユキナリはそれぞれうなずき、団長の指示に従った。ジョナサンは小屋の扉を蹴破った。

 中にいたのは、お世辞にも上品とは言いかねる5人の男たちだった。その中でも一番筋骨隆々とした坊主頭の男は、ジョナサンとアリーナを上から下まで眺めまわして言った。

「なんだ、お前ら?ここがグレー地区一のギャング団、ビアのアジトだと知って来たのか?」

「さあな、お前らが誰だろうと関係ない。俺たちはただ、仕事をしに来ただけだ」

 顔色ひとつ変えずにそう返したジョナサンに、ビアのリーダー格は苛立っていた。

「お前ら、警察か?それにしちゃ、随分と頼りねえな」

「俺たちが誰だろうと関係ない。お前ら、身代金を誰かに要求したんだってな」

「そう聞かれて、はいそうですなんて俺が応えると思うか?野郎ども、やっちまえ」

 身構えていた手下たちが一斉にジョナサンとアリーナに襲いかかる。だがジョナサンは平然と、手下のひとりの顔面に正拳突きを放ち、もうひとりに足払いをかけた。ふたりはぐはあと声を挙げてどさっと倒れた。正拳突きを食らった方は、必死に鼻血を押さえている。

「こんな上玉を連れてくるなんて、お前も馬鹿だな」

 残った手下のひとりがそう言いながらアリーナに近づいたが、彼女はワンドを構えて毅然とした態度で返した。

「触らないでください!万物を凍らせる猛吹雪、ブリザード!」

 アリーナの詠唱が終わるとすぐ、彼女の周りに猛吹雪が起こって手下たちを凍り付かせた。手下たちは驚いた表情のまま、氷に閉じ込められている。

「残ったのはお前だけだな。降参するか?」

 ジョナサンはリーダー格に向かってそう言ったが、彼は吠えるように返した。

「誰が降参なんかするか!」

 そう言ってリーダー格はジョナサンの方にとびかかろうとしたが、ジョナサンの方が一瞬速かった。こぶしを握りしめると、そのままリーダー格の左頬に叩き込んだ。リーダー格は、その衝撃でもんどりうって倒れこんだ。

「どうだ、これでもまだやるか?」

 ジョナサンは転んで這いつくばっているリーダー格を見下ろして、そう言った。次の瞬間、ユキナリの低い声が小屋中に響いた。

「教授がいたぞ」

「おお、ご苦労さん」

 余裕の表情でそう返したジョナサンに、リーダー格が再び飛びかかろうとした。だがジョナサンはすかさず彼の腹を蹴り飛ばした。リーダー格はそのままうずくまった。

「エミールもいました」

 猫を抱いたグロリアがそう言った。ジョナサンが彼女とユキナリの方を見ると、刀で切り裂かれた扉と、呆然と立ち尽くしている50歳ぐらいの男性の姿が見えた。彼の口元には、猿ぐつわの跡があったし、上着の左袖が破られていた。本人はぐったりしており、ユキナリに肩を預ける形でようやく立っていた。

「お前ら、よくやった。さあ、帰るか」

 ジョナサンはそう言って、大きく伸びをした。

「その前に病院ですよ」

 アリーナは、至極まっとうな提案をした。

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