学生たちの依頼
ドアの向こうには、学生らしい3人の若い男女が立っていた。3人はそれぞれに、思いつめたような表情をしていた。アリーナは若者たちの様子に少し戸惑ったが、できるだけ優しい声を出した。
「ようこそ、リュシストラトス調査団へ。ご依頼の方ですか?」
「ええ、そうです」
3人の中のリーダーらしい、とび色の髪の男性はそう言った。アリーナはうなずき、3人に中に入るよう促した。若者たちは、ありがとうございます、失礼しますといいながら、廊下へと入って来た。アリーナは3人を応接室へ通して、座るように言った。3人は彼女の指示に素直に従った。ジョナサンはその様子をぼんやりと見ていたが、やがてハッとして応接室に入って来た。その様子を見たアリーナは、彼に言った。
「ほら、ぼんやり立っていないで、お茶をお願いします」
「わかったよ」
ジョナサンは渋々、給湯室へと向かった。
「ご足労ありがとうございます。私はリュシストラトス調査団の副団長をしている、アリーナ・ツァイスと申します。失礼ですが、お名前をお聞かせ願えませんでしょうか?」
自分と差し向かいに座っている3人に対して、アリーナはそう名乗った。さっきのリーダーらしい若者が、おずおずと口を開く。
「えーっと、あの、俺はマシュー・スタインです」
「僕はライナス・レンフィールドです」
「私はケイト・ワインバーグです」
マシューに続いて、銀髪のライナスと薄茶色の髪のケイトがそう名乗った。そのときジョナサンがお茶の載ったトレイを持ってきてテーブルに置き、どっかりと椅子に座って言った。
「そして俺が団長のジョナサンだ。ここに来たからには、どうか大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」
「泥船の間違いではないでしょうね?」
アリーナがため息交じりにそう返したので、マシューは場を取り繕うかのように言った。
「俺たちは、ケントルム大学の学生です。その、講義のことで困っていて」
マシューの言葉を受けて、アリーナは目を見開いた。
「皆さん、優秀なんですね。王立大の学生さんだなんて。講義のことで困っているというのは、具体的にはどんなことにお悩みなのですか?」
「まさか単位を落としそうで困っているのか?」
「ジョナサンは黙っていてください」
アリーナはジョナサンを軽く小突いて制した。マシューは首をぶるぶると振ると、自信なさげに言った。
「いえ、団長さんの言うことは、あながち間違っていません。単位を落としそうなのは確かですが、それは俺たちのせいじゃないんです」
「えっと、それはどういうことでしょうか?」
アリーナの問いに、ケイトが応える。
「リーベカッツェ教授の講義が、ずっと休講なんです」
「あ、リーベカッツェ教授というのは、僕たちのゼミの担当教授です」
ケイトの説明をライナスが補足し、その言葉を受けてケイトは再び続けた。
「どうやら、教授は大学自体ずっと休んでいるそうなんです。しかもそのせいで、私たちは卒論指導も受けられなくなって」
「ええっ!」
ジョナサンとアリーナは、声を揃えて驚いた。アリーナはすぐに冷静さを取り戻して、話の続きを促した。
「教授がずっと休んでいるって、一体なぜですか?」
「教授は飼い猫をとてもかわいがっていて、講義でもよく猫の話をしています」
「猫と休講に、なにか関係があるのですか?」
「あくまでも噂なんですけど、どうもその猫がいなくなってしまったらしくて」
「そうですか。でもまだ休講との関係がよくわからないのですが」
「猫がいなくなって以来、教授は家に籠りきりだそうです」
「猫一匹で、ずいぶん大げさな教授だな」
ジョナサンが不意にそう口を挟むと、アリーナは彼をにらみつけた。ケイトはあえてそれに気づかないふりをして続けた。
「教授はあたしたちの卒論指導もしているので、ずっと休まれると困るんです」
「そうなんですね。わかりました、その依頼、引き受けましょう。その猫の特徴を教えていただけますか?」
「ちょっとその前に、いくらかかりますか?」
ライナスが、急に口を開いた。マシューとケイトは、それもそうだと思って彼の方を見た。アリーナはうなずき、メモ帳にペンで金額を書きながら言った。
「そうですね。手付金がこの金額、そして成功報酬がこちらですね」
3人は顔を見合わせてうなずいた。マシューが3人を代表するように言った。
「これぐらいなら、俺たちでも払えます。よろしくお願いします」
「わかりました。では改めて猫の特徴を教えていただけますか?まずどんな外見ですか?」
アリーナの問いに、マシューが答える。
「教授の話によると白と黒のハチワレだそうです」
「年齢は?」
「3歳だったかな?」
「性別はどちらですか?」
「去勢した雄ですね」
「猫の名前はなんですか?」
「エミールらしいです」
「猫にえらく高尚な名前をつけているんだな。わかった、俺たちに任せろ」
ジョナサンが急に出しゃばって来たので、アリーナは再び彼をにらみつけた。マシューは気にも留めないで、懇願した。
「本当にお願いします。俺たちの卒業がかかっているんです!」
その様子を見て、アリーナは極めて事務的に言った。
「さあ皆さん、ここは私たちに任せて、今日はお引き取りください」
学生たちはうなずき、それぞれ立ち上がってお礼とお願いの言葉を口にした。