令嬢の秘密
ジョナサンたちはさらに森の奥へと進んだ。木はだんだんと生い茂っていき、時々小型のモンスターが出てくるようになった。だが調査団の敵ではなかった。道もだんだんと輪郭が不鮮明になっていき、障害物にふさがれているところもあった。そのたびにグロリアが石や岩をどかしたり、ユキナリが木やツルを切ったりして、一行は進んだ。
「本当にこんなところに、貴族令嬢が入ってしまったんですかね?」
エリナーに持たせてもらったパンを口にしながら、グロリアは言った。ピクルスを取ろうとしていたアリーナは、その手を止めて答えた。
「それは私にもわかりませんよ。でもモンスターが出るという話は、本当でしたね。私たちのように戦いなれていない人ならば、確かにここの捜索は難しいでしょう」
「どうします、お嬢様が見つからなかったら?」
「あまり不吉なことを言わないでくださいよ」
その時だった。突如上から火が降り注ぎ、軽食が入っていたバスケットを焼いた。アリーナは慌てて水魔法で消火した。それ以外の3人が上を見上げると、火吹き鳥が飛んでいた。ジョナサンはその姿を認めるとすぐに弓を手に取り、矢をつがえて放った。矢は火吹き鳥の胴を貫き、力を失った体がドサリと地面に落ちてきた。だがまたしても火が振って来た。先ほどの個体を追うように、もう一羽の火吹き鳥が飛んできていた。
「まずい、つがいだったか」
ジョナサンはそう言い終わらないうちに、新しく矢を放とうとした。
だがその必要はなかった。別の方向から矢が飛んできて、火吹き鳥の首を射貫いたからだ。一行は驚き、矢が飛んできた方向を見た。そこにはツノイノシシにまたがり、ショートボウを構えた女性がいた。彼女はまだ20代前半と思われる見た目で、軍服のような服を着ていた。女性の方も調査団に気づき、ツノイノシシから降りて怪訝そうな声で尋ねた。
「あんたたち、だれ?」
「俺たちはリュシストラトス調査団。で、俺が団長のジョナサンだ。アームストロング家の令嬢が、この森に入ったまま戻らないと聞いて探しに来た」
ジョナサンがそう答えると、女性は顔をしかめた。
「あ、もしかしてエリナーに頼まれた?あの人、本当に真面目なんだから」
「おいおい、なんであんたがそれを知っているんだ?」
「だって、その令嬢ってあたしだから」
「えっ!」
調査団の面々はそう声を揃えて、驚きのあまり固まった。女性はお構いなしに続けた。
「あたしの名前は、パトリシア・セラフィーナ・アームストロング。確かにアームストロング家の娘だっていうわけ。それよりもあんた、さっきの火吹き鳥をくれない?あたしもお昼にしたいからさ」
「あ、はい」
アリーナはやっとの思いでそう絞り出し、火吹き鳥の死体をパトリシアに差し出した。パトリシアは満足そうにそれを受け取り、さらに自分が仕留めた個体も拾った。それから彼女は枯れ枝を集め、懐からナイフを取り出して慣れた手つきで2羽の火吹き鳥をさばいた。それから炎袋を枯れ枝に置き、小枝に小さく切った肉を刺して焚火の周りに並べた。
「あの、パトリシアさん。もしかしてあなたは森に入るたびに、こうやって過ごしているんですか?」
おずおずと尋ねたグロリアに対し、パトリシアは疑問符を顔に浮かべながら答えた。
「ん?なんかまずいことでもある?」
「いいえ、むしろ素晴らしいですよ!あたしも昔、山で同じようなことをしていましたから」
「そうなんだ。ねえ、あんたってもしかして、格闘技やってる?」
「はい」
「いいねえ。やっぱりそうだと思った。ねえ、今度組手をしない?」
「もちろんいいですよ!連絡先を交換しましょう!」
「ぜひぜひ。よろしくね」
グロリアとパトリシアは、すっかり意気投合した。その様子を見て、ジョナサンは遠慮がちに尋ねた。
「あのー、おふたりさん。盛り上がっているところ、悪いんだけど」
「なに?どうしたの?」
パトリシアは首を傾げた。
「パトリシアさん、なんであんたはしょっちゅうひとりで森に入っていたんだ?」
「え、修行のために決まっているじゃない」
「しゅぎょう?いやいや、貴族のお嬢様になんで修業が必要なんだよ。いざとなれば、私兵が守ってくれるだろ?」
「わかっていないなあ。これからの時代、自分で自分を守れなくちゃね。それで今回は、何日ここで耐えられるか、自分を試そうと思ったわけ」
「はあ」
そう言ったものの、ジョナサンは納得がいっていなかった。
「ま、エリナーがそこまで心配しているなら帰るわ。ふた晩過ごして満足したし。悪いね、わざわざこんなところまで来てもらって」
「一応、それが仕事だからな」
ジョナサンはすっかりパトリシアのペースに飲まれて、そう返すことしかできなかった。




