学生たちと調査団
3週間が経った。
「おい、リーベカッツェ教授の講義、また休講だってよ!」
ケントルム大学の廊下で、掲示板を見ながらマシューは叫んだ。
「ねえ、僕たち大丈夫かな?卒論指導だって、ずっと受けられていないし」
遠慮がちに言ったライナスに対して、マシューは興奮したまま返す。
「大丈夫なわけねえだろ。このままじゃヤバいぜ」
「ふたりとも落ち着いて。リーベカッツェ教授は大学自体ずっと休んでいるんだって」
「マジかよ」
「あたし、なんで休んでいるのか、噂を聞いちゃった」
マシューとライナスは、ケイトの方を見た。
「なんだ、一体?」
ケイトはまだ落ち着かない様子のマシューを一瞥し、続けた。
「教授はよく猫の話をしていたでしょう?」
「あー、なんかエミールっていう猫を飼っているって毎回言っているな。授業の半分ぐらい、いつもその話で潰れていないか?」
「そう。そのエミールが、行方不明なんだって」
「おい、マジかよ。たかが猫一匹のために、俺たちの卒業がヤバいのか?病気とか、家族の事情とかならともかく?」
「あたしにあたられても、困るよ」
ケイトはそれきり口を閉ざした。だがマシューは納得できない様子で、声に苛立ちを滲ませた。
「そう言われても、それで納得がいくっていうのか?ケイトは平気なのかよ、卒業できなくても」
「平気なわけないでしょ。あたしだって卒業できないのは嫌だよ。でも、どうしようもないじゃない」
ケイトは泣きそうになっていた。マシューも言いすぎを反省して、黙ってしまった。たまりかねて、ライナスが口を開く。
「ねえ、僕らで猫を探さない?」
「ライナス、お前マジかよ。見たこともない猫をどうやって探すんだよ」
「これ、さっきグリーン地区でもらったんだけど」
ライナスはそう言って1枚のチラシを取り出した。そこには「あなたのお悩み解決します! リュシストラトス調査団」と言う文言と、オレンジ地区の住所が書かれていた。チラシをひらひらさせながら、ライナスは続けた。
「ここに依頼するのはどうかな?調査団なら、探し方を知っていると思う」
「料金がバカ高いんじゃねえの?」
マシューはそう返した。ライナスは戸惑いがちに言う。
「それはそうなんだけどさ。でも、僕たちだけで、どうにかできるかな」
「ほかのゼミ生たちを巻き込んだっていいだろ」
「うーん、それもそうだけど。下級生たちは手伝ってくれるかな?」
「あー、それもそうだった。それに忙しい連中は、乗ってこないだろうな」
マシューとライナスは、頭を抱えてしまった。ケイトはしばらくふたりの男友達を見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「話だけ聞いてみるのも、ありなんじゃない? 高かったらやめればいいんだし。このまま卒業できないのも嫌でしょう?」
「話を聞きに行って、帰してくれなかったらどうするよ」
マシューはそう反論したが、ケイトは冷静だった。
「そのときは警察。とにかく、できることはしましょうよ」
「それもそうだな。ライナス、お前はどうだ?」
「僕も賛成」
「決まりだな。じゃあ、今日の講義が終わったら、早速行こうぜ」
3人はうなずき合うと、次の講義が行なわれる教室へと歩いて行った。
同じころ、アリーナとメレディスは調査団の事務所で仕事をしていた。事務所は何か所も修繕した古い建物で、これまでの調査資料や細かな物品が木箱に詰め込まれて床に置かれている。それでも乱雑な印象を受けないのは、午前中にふたりがかりで整理したからだった。アリーナが書類に向き合っていると、元気いっぱいな女性の声がした。
「アリーナさん、ただいまー」
そう言いながら、短髪の女性がリュシストラトス調査団の事務室に入って来た。彼女の後ろには、着物姿の東洋人男性がいた。彼はおもむろに言った。
「ただいマッチョ」
アリーナはそれを聞いて、つき合いきれないという表情をした。
「ユキナリ、毎回毎回、あなたのダジャレはなんとかなりませんか」
ユキナリは涼しい顔で返す。
「おかえりで、なにかうまいシャレを返してほしかったのだが、無理か」
「つまりどうにもならないってことですか」
そう言ったアリーナを、グロリアがたしなめた。
「まあまあ、ユキナリさんは普段真面目なんだから、これぐらい許してあげてくださいよ」
「はいはい。ユキナリもグロリアもチラシ配り、お疲れさまでした。どうでしたか?」
グロリアは少し顔をしかめて返事をした。
「グリーン地区まで足を伸ばす作戦は、成功でしたね。実際、人通りが多かったです。でも、あんまり受け取ってもらえなかったかな。あ、でもレッド地区に向かう男の子が受け取ってくれたよ。多分、ケントルム大学の学生だと思う」
グロリアの言葉に、アリーナは苦い顔をした。
「チラシ配りも、なかなか難航しているようですね。調査団の認知度を上げる方法を、後で考えましょうか」
次の瞬間、玄関の方から男の声がした。
「いやー、みんな、お疲れさん」
一同はそのあいさつに顔を見合わせた。
「団長、またですか?」
ため息をついてそう言ったグロリアに、アリーナは同調した。
「また、のようですね。私が注意してきます」
そう言い終わらないうちにアリーナは、玄関から伸びる廊下に行ってジョナサンと対峙した。
「ジョナサン、今ごろ来るなんて、いったい今をいつだと思っているのですか!」
「いつって、午後1時ぐらいだろ?」
「わかっているなら、もっと早く来てください」
「いいじゃねえか。俺は団長なんだし、重役出社ってことで」
「まったく、あなたという人は。ユキナリもグロリアも、きちんと始業前には来ていますよ。メレディスは、私より早く来て事務作業をしているほどです。あなたが遅刻すると、他の団員に示しがつきません」
「わかったよ」
そう言ってジョナサンは首をすくめた。そのとき、ドアノッカーがコンコンコンと音を立てた。
「おっと、お客さんだ。ちょっと出てくるか」
「逃げないでください。私も行きます」
そう言いながら、ジョナサンとアリーナは揃って玄関のドアを開けた。