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3 婚約の解消、あるいは解放

 オルファ様の宣告を受け、父様は血相を変えてすぐに登城した。陛下と王妃殿下に事の次第を説明するためである。



 この世の終わりのような顔をして出かけた父様が、謁見のあとどんな顔で帰ってくるのか想像もつかない。



「聖痕が消えて魔力も使える状態になく、髪の色まで変わってしまったとはいえ身体的にはなんの異常も見られません。至って健康体と言えるでしょう」



 オルファ様の安心させるような穏やかな声に、安堵の息が漏れる。



「ただ、さすがに前代未聞の出来事ですからね。このままの状態が続くのか、さらなる身体的変化が現れるのか、はたまた元の姿に戻られるのか、まったく予想がつきません。ですからくれぐれも注意してお過ごしください。何かあれば、すぐに連絡を」



 定期的に様子を見に来てくれることを約束して、オルファ様は神殿に帰って行った。



 状況が状況だけに学園に行くのも憚られ、しばらくは大人しくしていたほうがいいだろうと思っていた矢先。



 早速王城から呼び出しがある。




 聖痕の消失から、五日がたっていた。




 謁見の間に現れた国王夫妻とエイナール殿下はそろって私の姿を凝視し、息を呑んだ。もちろん話はすでに聞いていただろうけれど、「見ると聞くとは大違い」といったところだろう。



 真っ白な髪色の人間など、この世界には存在しない。



「ラルウェンよ」



 玉座に着いた陛下の重々しい声が、謁見の間に響く。



「聖痕が突然消失したとのことだが、相違ないか」

「……はい。相違ございません」



 淀みない私の答えに、大きなため息をつく陛下。



 父様や神殿からは、すでに詳細な報告を受けているはずである。聖痕が消えたこと、髪色の変化、そして魔力の封印。それらはすべて、私がすでに『聖痕持ち』とみなされる状態にないことを示している。



「聖痕が消失した理由に、心当たりはないのだな?」

「……ございません」

「聖痕が元に戻るかどうかはわからない、と神殿から報告を受けてはいるが」

「私もそのようにお聞きしております」

「そなた自身は、聖痕が元通りになると思うか?」

「それは……」



 探るような、試すような、痛いほどの視線が四方八方から向けられる。



 私は一瞬目を伏せて、それからゆっくりと顔を上げた。



「私にはわかりかねます」



 恐らく、この場にいるほとんどの人たちがもっと前向きな反応を期待していたと思う。



 『聖痕持ち』と言われた私自身が聖痕の復活を願い、そうなる未来を信じていたなら、そしてそのための努力は惜しまないという気概を見せてくれたなら、誰もがほっとして、明るい希望を持つことができただろう。



 でもそんなのは、クソくらえである。



 聖痕なんて、別になくてもいい。



 あったって、なんの役にも立たないのだもの。それどころか聖痕があったからこそ、あんなにも理不尽に苦しめられてきたのだ。



 好きで『聖痕持ち』として生まれてきたわけじゃないし、なくなったらなくなったで構わない。もうどうでもいい。



 本当にもう、どうでもいい。



此度(こたび)の件に関して、神殿は更なる調査を進めると言っている。しかし先行きが不透明であることに変わりはない。聖痕が元に戻るのか、戻らないのか、戻るとすればいつ戻るのか、答えが見つかる保証もない」

「……はい」

「現状はっきりしているのは、そなたの聖痕が消失したということだ。そして、その異形と魔力の封印。これまで通り、そなたを『聖痕持ち』とみなしていいのかどうか判断に迷うところではあるし、しばらくの猶予が必要という見方もあるが……」



 そこで陛下は、一旦父様に視線を移す。



 猶予を欲しているのが父様だということは、疑う余地もない。



 ここで『聖痕持ち』ではなくなったと判断され、王家に切り捨てられてしまったら。我が家門から王妃を出すという夢も、王妃の生家として権勢を振るうという野望も完全に潰えてしまう。父様はそれを恐れている。



 聖痕さえ戻れば、聖痕を取り戻すための時間さえあれば、最悪の事態を覆すことができるとでも思っているのだろうか。いや、思っているはず。思っているからこその、悪あがきなのだろうけれど。



 父様から視線を戻し、私を見据える陛下の表情は限りなく険しい。



「そなたとエイナールとの婚約が結ばれた最大の理由は、そなたが『女神の祝福』と呼ばれる聖痕を宿して生まれてきたからにほかならない。そなたが『聖痕持ち』と呼べる状態でなくなったのであれば、エイナールとの婚約も考え直す必要が生じてくると思うのだが?」



 陛下の言葉に、父様が小さく悲鳴を上げる。



 ふと気づくと、陛下の隣に座るエイナール殿下が必要以上ににやにやと下卑た笑みを浮かべていた。



 私を忌み嫌い、数々の令嬢と遊び歩いていた殿下のことだ。これ幸いとでも思っているのだろう。



 でもそれは、残念ながら私も同じなのよ。



 呼吸を整え、私はゆっくりと顔を上げる。



「……聖痕がなくなり、このような見るに堪えない外見になってしまった私がエイナール殿下の婚約者など務まるはずもございません。かねてより、殿下にはご寵愛される令嬢がいらっしゃるご様子。ぜひその方を殿下の新たな婚約者にお迎えいただければと存じます」



 淡々とした私の言葉に、父様が目を見開く。今すぐにでも全部否定して発言自体をなかったことにしたいのだろうけれど、王族の手前、勝手な口出しは許されない。



 そんな父様の反応は想定内として、エイナール殿下が不愉快そうに眉を顰めているのは意外だった。今更どうでもいいのだけれど。



「では、そなたはエイナールとの婚約解消に異論はないと言うのだな?」

「はい。ございません」



 険しい表情を崩すことなく、陛下は頷く。



 そして。



「甚だ遺憾ではあるが、此度の聖痕消失により王太子エイナールとラルウェン・ヴァリエ公爵令嬢との婚約は本日をもって解消とする。なお聖痕の消失は偶発的なものであるため、公爵家側の責は問わない。公爵、よいな?」



 否やを唱えることもできずに苦々しい表情で(こうべ)を垂れる父様を、ただ黙って見ていた。






◇◆◇◆◇






「なんてことをしてくれたんだ!」



 帰宅するなり、案の定父様の怒りが爆発する。



「ラルウェン! お前、自分が何をしたのかわかっているのか!?」



 憤怒の形相で詰め寄る父様の罵声に、使用人たちも怯えている。



「なぜ聖痕は戻ると言わなかった? 時間がたてば戻るかもしれないだろう? この先どうなるかまだわからないというのに、自ら婚約の解消を申し出るなど馬鹿な真似をしおって!」

「聖痕のあるなしに関係なく、殿下と婚姻するなんてまっぴらごめんです。誰が好き好んであんな好色で不実な人を選ぶというのですか」

「殿下が好色なのは、お前に女としての魅力がないからだろう! なぜ殿下一人つなぎ止めておくこともできないのだ!」

「つなぎ止めるも何も、殿下は最初から私のことなどお気に召さなかったのです。努力でどうにかなることではないと、あれほど――」

「殿下との婚約がなくなれば、お前は王妃になれないのだぞ! 我が家門から王妃を出すという私の夢はどうなる!? 聖痕のことなどどうにか誤魔化して、婚約者の座に居座ることもできたというのに!」



 激昂する父様は、肩で息をしながら私を睨みつけている。 



 騒ぎを聞きつけたのか、兄様が慌てた様子で執務室に飛び込んできた。



「父上、ひとまず落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか! せっかく聖痕を宿して生まれてきたというのに、なぜ消えてしまったのだ!? ラルウェン、お前は一体何をした? 聖痕のないお前になどなんの価値もないというのがわからないのか!?」

「え……」

「お前のような人間はこの公爵家には不要だ!」

「――――じゃあ、俺にくれよ」



 ぞっとするような低い声に振り返ると、宵闇よりも深い黒髪の令息が悪そうに微笑んでいた。







 








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