21 悪意の発露、もしくは反抗
早速、皇族の方々との顔合わせとして晩餐会が開かれることになった。
皇帝・皇后両陛下には長期休暇中に一度お会いしていたけれど、シグルド殿下・シルヴィア殿下とは初顔合わせである。
現れた双子たちは、二人とも皇后陛下譲りの淡い金髪にサファイアブルーの瞳をした見目麗しい皇子皇女だった。シグルド殿下は眼鏡をかけているせいか勤勉な印象があり、シルヴィア殿下は剣術がの才があるとは思えないほど可憐な雰囲気である。
「はじめまして、ラルウェンお姉様。ぜひシルヴィアとお呼びくださいな」
先に声をかけてくれたのは、シルヴィア殿下のほうだった。
「リーヴェからもいろいろ話を聞いてるんです。お姉様がセレグ王国の令嬢みんなの憧れだって」
ほわんとしたオーラを纏いつつ、シルヴィア殿下はキラキラと目を輝かせる。
「シグルドも挨拶をせぬか」
一方、皇帝陛下に促されたシグルド殿下はちょっと仏頂面になりながら、ぶっきら棒に頭を下げる。
「はじめまして。弟のシグルドです」
「ちょっと、それだけ?」
「うるさいな」
「お姉様、シグルドはだいぶ面倒くさいやつですけど悪いやつではないので、大目に見てあげてください」
シルヴィア殿下の助け船(?)に面白くなさそうな顔をして、シグルド殿下が目を逸らす。
「シグルド、失礼だぞ」
「あ、兄上……」
「ラルウェンは正式に俺の婚約者になったんだ。皇帝・皇后両陛下もお認めになっている以上、覆ることはない。ゆくゆくはお前の姉になるんだぞ。弁えろ」
「……はい」
仕方なさそうに返事をしているけれど、かなり不満そうではある。
どうやらシグルド殿下にだけは、あまり歓迎されていないらしい。
これまで出会った帝国絡みの人たちは、みんながみんな優しい味方だったからなんだか妙に新鮮である。無関心を装って、あからさまに距離を置かれる感じとか。ちょっと懐かしさすらあるというか。
なんてことを悠長に考えながら水晶宮に戻ってきたら、すぐさまザカリー様が追いかけてきた。
「嫌な思いをさせてしまって、すまないな」
どこか意気消沈した様子で、項垂れる皇太子。普段は自信と余裕に満ち溢れている人が、珍しい。
「シグルド殿下のことですか?」
「いつもはあんな感じじゃないんだ。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと、言いにくいんだが」
そこでザカリー様は数秒だけ目を泳がせ、恥ずかしそうな、それでいてどこか困ったような、微妙な顔つきになる。
「俺たちきょうだいはわりと仲がいいほうだと思うし、シグルドにしてもシルヴィアにしても俺のことを兄として尊敬してくれているんだが」
「はい」
「だからこそなのかなんなのか、シグルドは俺がお前に心を奪われ、ひたすら溺愛しているのが気に入らないらしくてな」
「……なるほど」
「こんなことはあまり言いたくないんだが、皇太子という立場上、これまでも程度の低い令嬢たちに幾度となく言い寄られてはいたんだ。でもそのたびにシグルドが、『あんな令嬢たちは兄上に相応しくない』などど言ってうまいこと追い払ってくれてな。助かっていたのも事実なんだ」
「そうなのですね」
「でも、実は俺がずっとラルウェンひと筋で、いよいよラルウェンを手に入れるために動き出したと知ったら急に態度を一変させたんだよ。俺にとってはラルウェンがどれほど大事で、その辺の令嬢たちとは比較にならない唯一無二の存在なんだといくら説明してもまったく聞く耳を持たない。言えば言うほど意固地になってしまうというか、最近では俺が声をかけると逃げるようになってしまって」
「……要するに、大好きな兄上を得体の知れない令嬢に取られて面白くない、ということなのですね」
ふふ、と小さく笑うと、ザカリー様が「ほんとにすまない」と言いながら決まり悪げに苦笑する。
シグルド殿下は、兄であるザカリー様を心から慕っているのだろう。圧倒的なカリスマ性を有し、『腹黒』と揶揄されるほどの切れ者として世界にその名を轟かせる兄を誇らしく思うあまり、いろいろと拗らせてしまったのかも。
そんなふうに盲目的な尊敬の念を真っすぐ兄に向けられるシグルド殿下が、少しうらやましいとも思うけれど。
「シグルドには、もう一度しっかり話しておくから。ラルウェンを軽視したり蔑ろにしたりするようなことがあったら、ただじゃおかない」
語気を強めるザカリー様に、私は首を振る。
「それは、逆効果だと思いますよ?」
「は? なんでだよ」
「言えば言うほど意固地になるのでしょう? いくら言い含めたところで、シグルド殿下は納得しないと思うのです」
「じゃあ、どうするんだよ」
むすりとしながら私の顔を覗き込むザカリー様に、わざと余裕ぶって微笑んでみせる。
「放っておきましょう」
「は?」
「多分、なんとか言い聞かせようとしても今のシグルド殿下には響かないと思うのです。頑なになっているでしょうから、放っておくのが一番かと」
「でもそしたら、お前が嫌な思いをするだろ? ここまで来て、身内に嫌な思いをさせられるなんて――」
「私なら大丈夫です。シグルド殿下以外の方々は、みなさん快く受け入れてくださってますし。それに……」
「それに?」
「今は一方的に説得しようとするよりも、シグルド殿下の言葉に耳を傾けてあげたほうがいいのではないでしょうか?」
「耳を、傾ける……?」
言葉の意味を図りかね、不思議そうな顔をするザカリー様。その様子を眺めながら、私はシグルド殿下にかつての自分を重ね合わせる。
誰に何を訴えても聞き入れてもらえず、それどころかもっと努力しろだの言うことを聞けだの理不尽な要求ばかりで、どんどんすり減り頑なになっていった心。
すべて諦めて何も期待せず、「どうせ私なんて」と投げやりに過ごしていた日々。
そんなやさぐれ果てた毎日の中で、最初に私の声を聞いてくれたのはザカリー様だった。自分の言葉に耳を傾けてくれる人がいるという衝撃が、どれほどのものだったか。
だから多分、必要なのは教え諭すことではなくて、シグルド殿下の思いを聞いてみることなんじゃないかしら。
とはいえ、意固地になっているシグルド殿下がそうやすやすと胸の内をさらけ出してくれるとは思えない。となれば、少し時間が必要なのだと思う。
「ラルウェンがそう言うなら……」
渋々ながらも同意したザカリー様は、どさくさに紛れて距離を詰めてくる。そのうえ私の手を取って、ちらちらとこちらを窺いながら手の甲に唇を落とす。
「でも何かあったらすぐに教えてくれ。お前を不快にさせるのは俺の本意ではない」
揺るぎない意志の漲る瞳に半ば気圧されながら頷くと、ザカリー様は「それはそうとだな」と突然真面目な顔つきになった。
「ダリアン伯爵のことで、少し話しておきたいことがあるんだが」
抑揚のない声は、それが決して楽しい話ではないことを如実に物語る。
「なんでしょうか?」
「そもそも俺が陛下に呼び戻されたのは、ダリアン伯爵の周辺を探っていた者たちが何らかの重大な情報を入手したからだったのは覚えているか?」
「はい、もちろんです」
「伯爵が他国との交易で多大な利益を得てきたこともすでに話した通りだが、実はその交易の中に違法な武器の密輸入が含まれている疑いがあることがわかったんだ」
「……え?」
とんでもない話の行方に、思わず目を見開く。
「平民の子どもの人身売買にかかわっていたわけではないのですか?」
「もちろん、その疑いもまだ晴れてはいない。でもそれを調べていくうちに、耳を疑うような疑惑にぶち当たったというわけだ」
「他国との武器の密輸入なんて……」
「今のところ、どの国とどんな武器をどの程度やり取りしていたのかまでは掴めていない。だがこれは、看過できない由々しき事態だ。何を目論んでいるのかは知らないが、見過ごしていいはずがない」
「はい」
「そこでだ。近々、伯爵が自身の誕生パーティーを開くらしくてな。皇室にも招待状を寄越してきたから俺が行ってやろうかと」
「え? 誕生パーティー、ですか?」
ちょっと待って。伯爵って、少し前に自領での人身売買の件で降爵されたばかりなのよね?
それなのに誕生パーティー? ちょっと無神経というか不謹慎すぎないかしら?
そんな私の疑問を察したのか、ザカリー様は面白そうに片眉を上げる。
「こんなときだからこそだろ。降爵されても、己の権勢は不動のものだと誇示したいというか」
「ああ、そういう……」
「律儀に皇室にも招待状を寄越してきたところを見ると、処分に異論はなく皇室に反意もないということを暗に示したい思惑もあるんだろう」
「意外に肝が据わっているというか、だいぶ厄介な曲者のようですね」
「ああ。ただ、あんなことがあってすぐだ。皇家は気兼ねして出席を見送るだろうと思っているに違いない。その裏をかいて、俺が堂々と出席してやろうと思ってな」
「相変わらずの『腹黒皇子』ですこと」
悪辣さを前面に押し出して、にやりと笑う皇太子。その邪悪な微笑みに安心感と信頼感を抱いてしまうのだから、私も相当タチが悪い。
「というわけでだ。伯爵の誕生パーティーに、お前も行かないか?」




