13 皇太子の帰還、そして歓迎
「帝国に?」
「ああ。帝国の北部領にロスヴォルンという地域があるんだが、そこの神殿から興味深いものが見つかったって知らせが入ったんだ。もうすぐ学園も長期休暇に入ることだし、一緒に行ってみないかと思って」
珍しく少し興奮した様子で、無邪気な笑顔を見せるザカリー殿下。
「興味深いものとは、聖痕の消失や女神信仰に関して、ということでしょうか?」
「そうらしい。ロスヴォルン地方は北部領の中でも北のほうに位置していて、冬場は雪に覆われている期間が長く人の行き来さえも困難になる場所なんだ。その代わり、夏場は避暑地として人気があるんだが」
「はい」
「そんな辺鄙な場所だから、聖痕や女神信仰について調べさせるのにも時間を要したらしくてな。最近になって、やっと面白い報告が上がってきたってわけだ」
そう言って、新しい玩具を見つけた子どものように目を輝かせる。
「何が見つかったのかまだ詳細はわからないが、今ラルウェンの中で何が起こってるのかを知る手がかりくらいにはなるかもしれない。一緒に行ってみないか?」
ザカリー殿下の真っすぐな言葉に、私はふと目を落とす。
依然として左手の甲に聖痕はなくつるりとしているし、髪色は雪のように真っ白である。でもどういうわけか一度は使えなくなっていた魔法がまた使えるようになっていて、しかも今までよりも強力な魔法を使えるようになっているらしい自分。
聖痕の消失とともに訪れた変化は一過性のものではなく、まだ終わってはいないのだろう。私の中で、いまだ何かが変化し続けている。
だとしたら、この一連の変化が何を意味していて、この先何が起こるのか、できる限り知っておきたい。
「……一緒に行ってもいいのですか?」
「当たり前だろ? ロスヴォルンはもちろん、お前に俺の国を見てもらいたいしな」
「帝国をですか?」
「ああ。お前は『聖痕持ち』としてずっとこの国に縛られて、他国へ行ったがないだろう? この国の外の世界はどんななのか、見せたいんだよ」
……考えたこともなかった。
『聖痕持ち』として、エイナール殿下の婚約者として、将来王妃になる者として、この国のことを最優先に考えるのが当たり前だったから。王太子妃教育の中でこの国以外のことや世界情勢について学ぶのも、結局はこの国のため。
そこから抜け出す日が来るなんて、思いもしなかったから。
「……見てみたいです」
口をついて出た言葉に、私自身が一番驚いていた。
でもザカリー殿下は待ってましたとばかりに、歓喜を頬に浮かべる。
「お前の願いは、俺が叶えてやるよ」
『悪魔』のくせにこんな邪気のない笑顔も見せるのねと、思わずにはいられなかった。
◇◆◇◆◇
それからまもなく、学園は長期休暇に入った。
私がザカリー殿下と一緒に帝国に行くと知ったリーヴェ様は、「せっかくみんなを呼んでお茶会を開こうと思ってましたのに!」とだいぶ不満そうではあった。
帰ってきたら気の済むまで何度でもお茶会を開きましょうと話したら、すぐに機嫌を直してくれたけれど。
長期休暇の間、そのまま国内に留まっていたらエイナール殿下や父様からまた無用の干渉を受けるかもしれない。だったら国外に脱出してしまったほうがいいのでは? というザカリー殿下やオリシル公爵家側の思惑もあったらしい。
かくして、私たちは長期休暇突入と同時に帝国へと出発することになった。
この国の王都からアルフィリオン帝国の帝都までの道のりは長い。できるだけ最短距離を急いで移動するのかと思いきや、帝国領に入った途端あちらこちらの観光名所に立ち寄っては連れ回される毎日。
自国の風光明媚な観光地や有名な特産品を次から次へと教えてくれるザカリー殿下は常に得意げではあったけれど、その様子はなんだか可愛らしくもあった。私を驚かせたり喜ばせたりすることに腐心するザカリー殿下との『旅』は思った以上に楽しくて、これが尽くされているということなのかしらとぼんやり思う。
そんなこんなで数週間、馬車はようやく帝都ファラゾンに到着した。
当然のことながらファラゾンの都は想像以上に大きく、どこもかしこも活気に満ち溢れている。美しい街並みに目を奪われながら整備された道路を進み、現れた壮大で煌びやかな皇宮に息を呑む。
さすがは帝国、圧倒的な国力の違いに言葉を失ってしまう。
そのまま皇宮に案内された私が、謁見の間で目にしたのは。
「ラルウェン・オリシル公爵令嬢、待ちかねたぞ」
どこか既視感のある人懐こい笑顔を浮かべる皇帝陛下と、穏やかな笑みを湛える皇后陛下だった。
「ザカリー、よくやった」
「もったいなきお言葉」
「して、婚約式はいつにするのだ?」
「……陛下、まだそこまで話は進んでおりません。気が早いですよ」
「そうなのか? お前のことだ、とっくに押し倒すなりなんなりして自分のものにしたのだろうと思っておったのに」
は?
ちょっと待って。皇帝陛下ってこんな感じの人なの? え?
呆気に取られる私を尻目に、ザカリー殿下は平然と答える。
「ラルウェンにそんなことはしませんよ。彼女の気持ちを無視するようなことはしたくないので。というか陛下、発言が下品すぎてラルウェンが引いてます」
「そうですわ、陛下。お戯れが過ぎます。ラルウェン嬢を困らせてどうするのです?」
いや、まあ。確かに、困惑はしている。
強大な国力を誇るアルフィリオン帝国の皇帝陛下が、初対面で軽いノリの冗談をかましてくるポップなおじさんとは。
息子と妻にぴしゃりと諫められた皇帝陛下は、何も言えずに呆然としている私に目を向けると派手に笑い出す。
「すまんすまん。セレグ王国に向かう際のザカリーの勢いなら、それくらいやりかねないと思ったのだ」
「『ほしいなら合法的に奪ってこい』とおっしゃったのは陛下ではありませんか」
「それはそうだが」
……いや、そのやりとりもちょっとどうかとは思うんだけど。なんか、だいぶやばいことをさらりと話している気がしないでもない。
まあまあ過激で腹黒さすら垣間見える会話に若干のついていけなさを感じていると、皇后陛下が気遣わしげに首を傾げる。
「驚かせてしまってごめんなさいね、ラルウェン嬢。あなたがここへ来てくれたことがうれしくて、私たちみんなはしゃいでしまっているのよ」
「え……?」
「五年前、あなたにひと目惚れしたザカリーがその恋心を拗らせて、あれこれ画策してきたことは私たちも知っているのです。『聖痕持ち』で、そのうえセレグ王国王太子の婚約者でもあるあなたを奪うのは至難の業だと何度諭しても、ザカリーは諦めたくないと言い張ってね。その一途な想いが実りそうというところまで来たものだから、親としてはうれしくて仕方がないのよ」
喜びを隠そうともしない皇后陛下の瞳の色は、温かい。
言葉に詰まる私を愛おしげに見つめて、ザカリー殿下は困ったように苦笑する。
「母上、ラルウェンを泣かすのはやめてください」
「あら、あなたが慰めてあげればいいじゃない」
「ラルウェンに泣かれると、どうしたらいいかわからないから困るんです」
「そういうときは黙って抱きしめてあげればいいと思うわよ」
そう言ってたおやかに微笑みながら、皇后陛下は「『常闇の悪魔』も形無しね」とつぶやく。
「ラルウェン嬢。何はともあれせっかくこの国を訪れたのだ。心ゆくまで楽しんでいってほしい」
「あ、ありがとうございます。ぜひそうさせていただきます」
「そなたの訪問を我が帝国は心より歓迎する。ついでに言えばできるだけ早くザカリーの婚約者となり、ゆくゆくは皇族の一員となってくれる日を心待ちにしておるぞ」
「……!」
陛下の言葉に曖昧な薄笑いを返しながら、もしかしてこれは外堀を埋められたということなのでは……? とようやく思い至った私はまだまだ甘いのかもしれない。




