第87話 ヤーって鳴くんかな
鎌倉の湘南海岸に浮かぶ小さな島、江の島。
昔から観光スポットとして大いに賑わっている場所で、今でもそれは変わらないのだが、島の裏側に当たる岩場一帯は現在、封鎖されて一般人が入ることができなくなっている。
岩場にできた洞窟の奥にダンジョンの入り口があるためだ。
「俺はちゃんと正気ですよー。実は先日、某ダンジョンでとあるレアスキルを入手しまして。それを試しに使ってみようと思っているんです」
〈レアスキル?〉
〈某ダンジョンって、あれのことじゃね?〉
〈歌舞伎町ダンジョン?〉
〈門山碧が行方不明になってたってやつか〉
〈噂は本当だった?〉
そういえば、あの救援活動の様子が、ネットで違法に配信されていたという噂があった。
恐らく管理庁のドローンからの映像で、ハッキングされたのではないかと言われている。
一応、管理庁から報告と謝罪は受けたが、痕跡がまったく残っておらず、犯人も手段や目的も分からずじまいで、どこまで流出したのかも分からないという。
幸いごく一部しか見ていなかったそうだが……。
俺の口から下手なことは言えないので、視聴者からの質問をスルーしつつ、ダンジョンの中へ。
「江の島ダンジョンはクラス5のダンジョンで、地下25階まであります。ボスを倒す必要がありそうなので、一気に行ってみようと思います」
「はい、というわけで、地下25階のボス部屋の手前までやってきました」
〈いや速すぎィ!〉
〈相変わらずの爆速で草〉
〈地下25階って深層だよな?〉
〈普通は2~3日かかるのにw〉
〈定休日しか潜れないニシダは常に日帰りだからな〉
ちなみに江の島ダンジョンは、海に浮かぶ島に入り口があることから、多摩川ダンジョンのような水没系のダンジョンと思われがちだが、まったくそんなことはない。
上層から深層までひたすら洞窟が続く割と単調なダンジョンで、しかも出現する魔物はほとんど食材にできない。
他の目的がなければ絶対に足を運ばなかったダンジョンだろう。
「では、ボスもさくっと倒したいと思います」
〈ボスが可哀想www〉
〈ニシダに狙われて涙目〉
〈ここのボスってどんな?〉
〈確か鳥系だろ〉
〈ダチョウみたいなやつらしい〉
〈トリストリッチっていう、首が三つあるデカい鳥〉
〈ダチ〇ウ倶楽部って呼ばれてるとかwww〉
〈ヤーって鳴くんかな〉
〈お前ら押すなよ? 絶対押すなよ?〉
ボスのいる部屋に足を踏み入れると、待ち構えていたのは巨大な鳥だ。
「「「キイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」」」
〈めっちゃ奇声w〉
〈うるせー〉
〈耳が痛くなる〉
〈ヤーじゃなかったか〉
〈ダチョウってこんな鳴き声なん?〉
〈いや見た目はダチョウみたいだけど魔物だから〉
割と細身で、頭のてっぺんは高さ10メートルくらいになるだろうか。
ダチョウとよく似ているが、首が三つあり、それぞれの首が別の種類のブレスを吐いて攻撃してくるらしい。
「右が炎、左が吹雪、そして真ん中が毒のブレス……だったかな? まぁ別にどれがどれでもいいですけど」
凄まじい加速力でボスがこちらに飛びかかってくる。
足の速さもダチョウとよく似ているらしい。
ズバズバズバッ!
すれ違いざまに包丁を振るう。
後方に駆け抜けていったボスは、しばらく歩いた後に三つの首がぽろぽろと地面に落ちていく。
〈えええええええええええ〉
〈相変わらずの瞬殺〉
〈あんな細い首、斬ってくれって言ってるようなもんだからなぁ〉
〈たった一振りで……〉
〈一振りじゃない。三振りだ。彼は一瞬のうちに包丁の斬撃を三度繰り出した〉
〈よく見えたなw〉
〈探索者かな?〉
パンパカパンパカパーンッ♪
「倒せたようです。さて、本番はここからですが……」
スキルというものは、習得するとその使い方や性質がなんとなく理解できるようになるものだ。
俺が手に入れたあの超レアスキルも例外ではなく、心の声に従ってここまで来たのである。
ただ、詳細までは分からない。
これからどんな展開になるのか、俺は緊張の面持ちで待つ。
ボスを倒したにもかかわらず、宝箱は出現しなかった。
その代わり人影が出現する。
若い女性だ。
着物に身を包み、長い黒髪の持ち主で凛とした佇まい。
年齢は二十歳前後くらいだろうか。
〈え、誰?〉
〈急に現れたんやが〉
〈ニシダのストーカー?〉
〈よく見たら薄っすら透けてね?〉
〈うわマジだ〉
〈幽霊?〉
〈怖っ〉
〈アンデッド系の魔物かもしれんぞ〉
〈何が起こってるん?〉
〈てか、早く何のスキルか教えて〉
「えーと、俺が新しく手に入れたスキルは『英霊召喚』……英霊と契約し、召喚できるようになるというスキルです」
〈英霊召喚?〉
〈聞いたことない〉
〈激レアじゃね?〉
〈ってことは、彼女は歴史上の偉人ってこと?〉
〈誰やろ?〉
〈偉人なんて男ばかりなのにいきなり女性を引くとかw〉
〈さすがニシダやな〉
〈女性の偉人は少ないから割と推測できるかも?〉
着物の女性が口を開く。
「この異界の迷宮に囚われていたわたくしの魂を解放してくださったのはあなたですね」
「あ、ああ。俺は西田……西田賢一だ。あなたの名前は?」
俺より一回り以上も若い二十歳そこそこに見えるが、その雰囲気は熟年のそれだ。
実際、遥か昔に生きた人物で、亡くなったときには俺より年上だったかもしれない。
そうして彼女は自分の名を口にしたのだった。
「わたくしは北条政子。……覚えているのは、それだけでございます」
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