第83話 冗談はよしてくれ
「店長さんに?」
「は、はい……私は、門山碧……と言います。先日、助けて、もらって……」
俺は明日の仕込みをしていた厨房を出て、彼女の元へ。
「えっと、一応、初めましてと言った方がよさそうだよな。俺が西田賢一だ」
「っ……は、は、は、はじめ、まして……」
やはり極度の人見知りらしく、門山碧は目を泳がせながら頭を下げてきた。
「わざわざ来てくれたのか? しかしもう退院できたんだな。身体の方は大丈夫ってことか」
「あ、え、は、はい……」
うーん、これは恋音よりも重症かもしれない。
とそこへ、遅れて別の女性が店に入ってきた。
「申し訳ないです。この人、見ての通りのコミュ障でして。特に男性は苦手で、いつもこんなふうになってしまうんですよ」
こちらも見たことのある顔で、恐らく門山碧パーティの一人だろう。
ダンジョンで助けたメンバーの中にいた記憶がある。
「あ、申し遅れました。私は門山碧事務所の探索者で、八掛梢と言います。先日は助けていただき、ありがとうございます」
門山碧は彼女の背中に後ろに隠れた。
八掛梢は呆れたように、
「……所長、ご自身で礼を言うって話だったでしょう?」
「難しい、かも」
「一応うちの事務所の代表なんですから、それくらいやってくださいよ……」
若くして探索者事務所を立ち上げたと聞いていたので、きっとすごいやり手の女性なのだろうと思っていのだが……。
俺は助け舟を出すことにした。
「ま、まぁ、男嫌いって話だし……なんとなく感謝の気持ちは受け取ったから大丈夫だ」
「すいません……探索者としては凄い人なんですが、見ての通りそれ以外のことはからきしでして」
「……面目、ない」
相変わらず部下の背後に隠れながら落ち込んでいる。
「それで、ぜひ西田様には何か改めてお礼ができないかと考えているのですが。例えば弊所が所有するスキル書や武具、アイテムなどで、西田様が必要なものがあれば……」
「いや、そんなの気にしなくていい。報酬は管理庁から貰ったしな」
ボス討伐の報酬の他にも、管理庁から特別報酬を貰ったのだ。
それで十分である。
「さすがにそういうわけには」
「攻撃……してしまった、から」
門山碧はあのとき、俺を攻撃したことを申し訳なく思っているらしい。
「あれは操られていたから仕方ないだろう」
結局、門山碧事務所からの謝礼は俺が固辞した。
「ではいつか西田様が、我々の力を必要とするような機会があったときは、ぜひご連絡ください。事務所を上げて協力させていただきます」
「……何でもする」
「わ、分かった。じゃあ、そうさせてもらうとしよう」
門山碧たちが帰ったあと、作業を終えた俺は店を閉め、我が家へと帰宅した。
いつものように風呂に入り、軽くビールを飲んでから、ベッドの上に寝転がる。
寝入りは良い方だと自負している。
大抵は電気を消してベッドの上に転がっていると、十分もしないうちに寝て、気づいたら朝になっている。
「ん?」
しかしこの日は、なぜか目が覚めた。
部屋の中は暗く、明らかにまだ真夜中である。
「身体が……動かない?」
もしかして金縛りか。
だが声は出る。
「ふふふ……ふふふふ……ようやく……ようやく、神オヂと結ばれるときがきた……」
突然、そんな声が暗闇に響いた。
明らかに部屋の中に誰かの気配がある。
え? 夢?
……いや、夢にしては感覚がリアル過ぎる。
気配が近づいてくる。
おいおいおいおい、マジかよ、めちゃくちゃ怖いんだが。
やがてベッドに横たわる俺の視界に現れたのは、
「ふふふ……店長さん、こ、ん、ば、ん、わ」
「……大阪さん?」
アルバイトの大阪真緒だった。
彼女はいつもの清楚な笑顔を俺に向けながら、
「動けないですよね? 動けないはずです。だって、絶対に気づかれないよう、毎日毎日、本当にすこ~しずつ、店長さんの影を念入りに念入りに支配してきたんですから。あ、実は私、影や闇を操るスキルを持っているんですよ」
何を言ってるんだ、この子は……?
俺が動けないのは彼女のせい? だが一体何のために?
「じょ、冗談はよしてくれ。君はこんなことをする人じゃないはずだ」
「ふふ、冗談なんかじゃありませんよ。私はこういう人間なんです。ほら、これ、見覚えはありますか?」
「っ……それは俺の厨房服……何で……」
困惑する俺の目の前で、大坂真緒は厨房服に自らの顔を埋めてみせた。
「すううううううううっ! あああああああああああっ! 店長さんのニオイいいいいいいいいいっ!」
厨房服の匂いを嗅ぎ、恍惚とした顔で叫ぶ大阪真緒。
その姿は普段、店で見ている彼女とは似ても似つかないものだった。
「……マジか」
「ふふふっ……驚きましたよねぇっ! 実はこれが本当の私なんですよぉっ! 普段は猫を被ってたんですっ! ほんっっっとうに大変でしたよっ……愛しい愛しい神オヂを前に、正気を保ち続けるというのはぁっ!」
それから彼女は、すっかり俺の知る大阪真緒はとは別人と化しながら教えてくれた。
「私、昔からずっとオヂが大好きでっ……今まで色んなオヂを見てきてっ……でも店長さんを初めて配信で見かけたときに確信したのっ……これこそが私が理想とする完璧なオヂだって!」
鼻息を荒くしながら大阪真緒は続ける。
「だから私は誓ったんです! この神オヂを絶対に自分のモノにしてみせるって!」
暗闇の中で爛々と光る目。
口の端から垂れた涎が俺の布団の上へと落ちる。
「ふふふふ……大丈夫……怖くないから……あなたはただ、私のすべてを受け入れるだけでいいんです……ふふふふふふふ……」
俺は思った。
今こそ門山碧事務所の協力が必要なときだ、と。
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