第64話 奪い取るのは難しかったかもしれん
「ハーイ、ナガオさーん、そしてニシダさーん。お待ちしていまシター。わざわざー、ゴソクロウいただき、ありがとうございマース」
俺と長尾氏を出迎えてくれたのは、片言の日本語で話してくる陽気なアメリア人のおっさんだった。
アメリア人にしては割と小柄な方で、たぶん身長は俺と大差ない。
「駐日大使のルース氏です」
どうやらこのおっさん、ここアメリア大使館のトップを務める人物らしい。
彼自身は友好的な雰囲気なのだが、しかし如何せん背後に控えている二人のアメリア人の存在が、この空間を大いに緊張感のあるものにしていた。
「あの二人……かなり強いですね」
「ええ。それもそのはず、どちらもアメリアのSランカーですから」
一人は身長2メートル近い黒人だ。
そして筋骨隆々の強面で、要人警護のSP然とした人物である。
もう一人は俺より少し背が高いくらいの白人青年。
金髪碧眼の貴公子然とした容姿だが、その瞳が静かに俺のことを警戒している。
「ニシダさんの最近のご活躍ぶりハ、本国でも話題になっていマース。こうしてお会いできて、大変光栄デース。できることなら一緒にお茶でも飲みながら詳しい話をお聞かせいただきたいところデスガー、残念ながらそんな空気ではありませんネー、HAHAHAHA! では本題に入らせていただきマース。……例のものはお持ちでしょうカ?」
俺はエリクサーを取り出す。
『これは……本物だ』
『……ああ、間違いない』
大使の後ろの二人が英語で呟きながら息を呑み、頷き合っている。
念のため鑑定でも行われるかと思ったが、そこまではされなかった。
ルース氏が受け取り、後ろの白人青年に渡すと、どこかへ消えた。
恐らく彼も収納系のスキルを持っているのだろう。
支払いは小切手だった。
確かに200億円と書いてある。本当にこれでそんな額に換金できるのかと思ったが、さすがに詐欺の可能性はないはずだ。
「ハーイ、これで取引は無事に終了しましたネー。これからの両国の良好な関係維持に祝福ヲ!」
そうして拍子抜けなくらいあっさりエリクサーの受け渡しは終わり、大使館を後にしたのだった。
「ふう、緊張しました」
「西田さんでも緊張されることがあるのですね」
「当然ありますよ。大使館なんて初めて入りましたし」
何なら省庁すら初めてだった。
「……そっちですか。あの二人のSランカーはどうでしたか?」
「どうって……まぁ強そうでしたし、なんかたまに軽く俺にプレッシャーをかけてきてましたけど、別に殺気はなかったので」
「なるほど……さすがですね。正直、私はそのプレッシャーで汗だくですよ。これでも元Sランカーなんですけど」
「あ、そうなんですね。道理で」
やはり長尾氏は元探索者だったようだ。
しかもSランクまで上り詰めたとなると、この年齢で迷宮管理庁の長官をしていることにも頷ける。
「ちなみにもし今回、西田さんがアメリアとの取引に応じていなかったら、あの二人が刺客として差し向けられていた可能性があります」
「マジか」
「はい。おかしいと思いませんでしたか? 急に訪問すると伝えたのに、Sランカーが二人も待機しているなんて。万一の場合には強引な手段に訴えるため、あらかじめ本国から送り込まれていたんですよ。向こうはSランカーが100人近くもいますからね。政府がその気になればすぐにでも動かせるんですよ。我が国ではそうはいきません」
さすが世界最強のダンジョン先進国……次元が違うな。
「じゃあここ最近、変な視線を感じていたのはそのせいかもしれませんね」
「そうかもしれませんし、また別の団体の可能性もあります。エリクサーを狙っている連中なんて、国内にもいくらでもありますから。むしろ一度も襲撃を受けなかったのは奇跡かもしれません。……もっとも、Sランカー相手に襲撃を仕掛けられる戦力を持つ団体はそうそういませんけど」
◇ ◇ ◇
駐日アメリア大使館。
二人の日本人が去った後、ルース大使は本国から召喚したトップ探索者たちに訊ねた。
『どうでしたかー? あのニシダという日本人はー?』
先に応じたのは巨漢の黒人だ。
『あらかじめやつが戦う動画は見ていたが……想定を大きく超えていた。まさかあんな男が、この極東の島国にいたとは……。正直言ってあまり想像したくないな、あの男と戦うという展開は』
『オーウ、そこまでなのですかーっ!?』
よく見るとその額にはうっすらと汗が浮かんでいて、ルースはそれにも驚く。
なにせSランク探索者というのは、汗一つ掻くことなく電車並みの速度でマラソンを完走するような怪物ばかりなのだ。
さらに金髪碧眼の白人が頷く。
『ああ、オレが何度かプレシャーをかけてみたが、至って涼しい顔をしていた。隣のリンコも元Sランカーと聞いていたが、明らかにレベルが違う。交渉決裂した場合に備え、こうしてオレたちが派遣されてきたわけだが……あの男からエリクサーを奪い取るのは難しかったかもしれん』
『向こうからこちらの要求を飲んでくれてよかったですねーっ!』
陽気に手を叩くルース。
それからどこかおどけたような顔をして、
『……本当によかったでーす! 下手をすれば、あなた方のような常識的なSランカーたちではなく、もっとヤバい方たちが送り込まれていたかもしれませんからねーっ! 友好国とはいえ、我が国を嫌う日本人も多いですからーっ! もし死人が出たりなんかしていたら後処理に苦労させられるところでしたよー、HAHAHAHA!』
そしてエリクサーを回収したSランカーたちは、プライベートジェットですぐさま帰国の途へ就いた。
当然、本国まで無事に届けるまでが彼らの仕事だ。
空高く舞い上がる航空機の中から小さな島国を見下ろしながら、巨漢の黒人が小さく呟く。
『極東のキッチンサザムライ、ニシダ……いずれまたどこかで会うことがあるかもしれんな』
一方、二人のSランカーが日本を発った、まさに同日。
美しいプラチナブロンドの髪を靡かせながら、一人の外国人美女が極東の島国に降り立っていた。
「ここが彼女の生まれ故郷、ニッポンですか。なかなか悪くない国ですけれど……やはり彼女には狭すぎますわ。ダンジョン後進国でもありますし……彼女はもっと広い舞台で活躍すべき人材ですの」
イントネーションにやや奇妙な点はあるものの、ネイティブ顔負けの日本語で呟く美女。
その目には深い憂慮と決意の光が差していて、
「ナナ、必ずあなたを我が偉大なるフレンス連合国に連れ戻してみせますわ」
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