第62話 早く帰りたい
そして最後に、俺は問題の瓶を取り出した。
「エクスポーションですか! 深層でしか手に入らない、幻の最上級ポーション……ごくり。こちらも億を超える金額にはなるかと思いますが、需要によって大きく左右されるため……可能であればダンジョンオークションに出品させていただく形はいかがでしょうか?」
管理庁が主催しているダンジョンオークション。
世界中の富裕層を相手に、ダンジョンで入手したアイテムや素材を競売にかけることで、普通に管理庁に買い取ってもらうより遥かに高額での売却が期待できる。
「いや、よく見てくれ。これはエクスポーションじゃない」
「え?」
「大きな声では言えないんだが……多分、エリクサーだ」
「えええええええええ、エリクむぐむぐっ!?」
大声で叫ぼうとした若い男性職員の口を俺は慌てて塞いだ。
「まぁオークション行きというのは変わらないが、こいつが手に入ったことはあまり人に知られない方がいいだろう」
と、そこでベテランらしき別の職員が口を挟んでくる。
「失礼しました、西田様。確かにこちらはおっしゃる通りの代物かと。西田様から許可をいただけるのであれば、ぜひオークションに出品させていただければと存じます」
というわけで、オークションに出品するための手続きを行うことになったのだが……。
なぜかベテラン職員がおずおずと、
「実は……西田様に一つお願いがございまして」
「お願い?」
「はい。こちらの品物……実は今ここでお預かりすぐことが難しくてですね……いったん西田様の方で持ち帰っていただくことは可能でしょうか?」
「預かるのが難しい?」
「はい。だって……こんなのここで預かったら危険すぎるでしょおおおおおおおおおっ!?」
「っ!?」
いきなり叫ばれたので面食らった。
「もちろんオークション用のアイテムは厳重に保管して、実力のある探索者たちが警備にあたっていますが……保管場所に運ぶ道中が非常に危険ですし、動員できるとしてもせいぜいBランクからAランクの探索者たちまで。Sランク探索者の西田様が持っていた方がどう考えても安全なんですよ」
「なるほど」
「しかもチラッと配信で映ってしまいましたからね? 今や何百万もの視聴者がいる西田様の配信で。敏い連中はあれがそれだと理解したはずです」
「う……」
それは俺のせいなので何も言い返せない。
「さすがに海外のヤバい組織がすぐに仕掛けてくることはないと思いますが、国内の組織はすでに動き出しているかと。下手をすればすでにこの近くに……ああ、早く帰りたい」
「なんかすいません」
結局オークションが始まるまで俺が預かっておくことになった。
事前に告知したりはせず、当日に直接会場まで持っていってすぐオークションという流れらしい。
「正確な日時が決まり次第、ご連絡させていただきます」
「分かりました。……もし可能であれば、オークション、お店の定休日にしていただけると嬉しいです」
「ぜ、善処します」
◇ ◇ ◇
立川市某所。
街の中心部から逸れた人気の少ない住宅地に、複数の怪しい人影が蠢いていた。
ただし極限まで気配を消しているため、彼らの存在に気づく者はそういないだろう。
「――店内にターゲット他、一名を確認」
人影の一つが、微かな声で告げる。
彼らの視線の先にあるのは、とある飲食店だ。
ほんの少し前までは閑古鳥が鳴いていた店であるが、今や一躍、大人気店となっていて、閉店となる今の今まで客足が途絶えることがなかった。
ただ現在、店内にいるのはたった一人。
それでも彼らは警戒し、その様子をじっくりと観察する。
なにせ彼らの狙いは探索者の頂点、Sランクなのである。
さすがにまともにやり合っては分が悪いことを、重々承知していた。
彼らは国内で暗躍する荒事専門の集団だ。
ある筋から依頼を受け、これからあの店の店主を襲撃するつもりだった。
やがて店主が閉店後の後片付けを終えたらしく、店から出てこようとする。
「これより作戦を実行に移す」
リーダーの一言で、他の人影が一斉に小さく頷いた。
音もたてずに店の出口を包囲しようとした、そのとき。
「ふふふ……私の愛する神オヂを襲おうなんて……万死に値する……」
「「「っ!?」」」
闇の奥底から響いてくるような突然の声。
人影たちは瞬時にその出所を探ろうと周囲を見回すが、それらしき姿は見えない。
「っ!? か、身体が……っ!?」
しかも次の瞬間、身動きが取れなくなっていた。
まるで粘性物質のように、周りの闇が全身に絡みついてきている。
「な、何者……っ!?」
「ふふふ……冥途の土産に、教えてやる……神オヂと結ばれる運命を持つ、私の名は――」
その名を耳にした直後、彼らの意識が一斉に遠のいていく。
気づけば人影は絶命していた。
「ああ……私の愛する神オヂ……大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き……あああああああああああああああああああっ!」
まるで呪詛のように何度も何度も口にし、最後は何かに顔を埋めながら絶叫する。
よく見るとそれは厨房服らしかった。
「すうはぁすうはぁ……神オヂのにおい……嗅ぐだけで昇天しそう……ふ、ふふふふふ……」
◇ ◇ ◇
「あれ? 嫌な気配が消えたな」
店を出た俺は首を傾げた。
今日は開店時間中、ずっと外からの殺気にも似た視線を感じ続けていたのである。
隠している様子ではあったが、あれではさすがにバレバレである。
一人じゃなさそうだったし。
「つい今の今までずっと感じてたんだが……」
もしかしたら俺の持つエリクサーを狙って、仕掛けてきているのかもと思って、割と警戒していたのだ。
「まぁ、勝手にいなくなってくれるならそれに越したことはないな。とっとと帰るとしよう」
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