第125話 何でお前がそこにいるんだ
『油断するなよ! ここまで侵入した方法といい、得体が知れない! 殺しても構わん!』
隊長格の男の指示を受け、四人の軍人たちが一斉に河北に躍りかかる。
「そうだな、そのつもりで来るといい」
ニヤリと笑った次の瞬間、河北の姿がその場から掻き消えていた。
「ただ、こっちはちゃんと手加減してやるよ」
『なに……っ?』
気づいたときには、一番後方にいたはずの隊長格の男の背後にいた。
『いつの間に――』
男が言い切る前に、目が白目を剥いていた。
そのまま崩れ落ちるように地面に倒れ込む。
『た、隊長がやられたっ……?』
『馬鹿なっ!? 隊長はAランカーだぞ!?』
『しかも今いつの間に移動したんだ!?』
何が起こったのか理解できず、驚愕する配下の軍人たち。
さらに、どさり、と。
「「「……っ!?」」」
すぐ近くにいた仲間もまた勢いよく転倒する。
もちろんこれも河北の仕業で、倒れた軍人のすぐ傍に立っていた。
「二人目っと」
『か、かかれっ! このままだとやつの術中だ――』
必死に仲間を鼓舞して河北に飛びかかろうとした三人目が、顔から盛大に床にダイブした。
『み、見えないっ……動きがっ……まったくっ……』
『何なんだ、この化け物はっ!?』
ダンジョン探索で鍛え抜かれた軍人たちも、この異常事態を前にしてパニックに陥る。
『俺たちだけで対処は不可能――』
『すぐに加勢を呼――』
そうして最後の二人も同じ末路を辿ることになった。
「はい、片付け終わりっと」
「す、すごい……」
信じられない光景に、恋音は思わず言葉を失う。
先ほどの軍人たちは、河北が言っていた通り、間違いなくAランクからBランクの高位探索者たちだったはずだ。
それをここまで一方的に制圧できる人物など、恋音の知る限り叔父以外にはいない。
「ふふふ、そうだろうそうだろう。これでも昔はケンちゃんと一緒に冥層まで潜ったりしてたからな。二十年近いブランクがあっても、この程度の相手なら余裕だぜ。それより、ここからケンちゃんとはやり取りしていたのか?」
「は、はい、あのテレビで……」
「いいね。じゃあ、こいつを使ってケンちゃんと連絡を取るか」
そう告げて、河北はどこからともなく自前のパソコンを取り出すと、そのテレビに繋げて何やら作業を始めてしまった。
「えっと……まださっきのような人たちが来る気が……」
「いや、その心配ならないぜ。おれっちの頼れる仲間たちが、外で大暴れを始める頃合いだからな」
「お仲間がいらっしゃるんですか……?」
「ああ。ちなみに、あいつらは……おれっちよりも強いぜ。……おっと、上手くいったようだな」
テレビの画面が付く。
するとそこに西田賢一の顔が映し出された。
「よう、ケンちゃん、いま時間あるかい?」
『っ、河北!? 何でお前がそこにいるんだ!?』
◇ ◇ ◇
恋音を人質に取られ、異国にやってきた俺は現在、ダンジョンに潜っていた。
ランジタラ統合王国は、国土面積が東京23区と同程度しかないが、全部で七つのダンジョンを有している。
驚くべきことは、そのうち半数を超える四つがクラス7以上の高難度ダンジョンであるということだ。
さらに、冥層まで存在するクラス11以上のダンジョンも一つあるという。
そして俺が現在、他の探索者たちと強制的にパーティを組まされて挑戦中なのが、この国で二番目に高レベルとされているクラス9のダンジョンだった。
「しかしまさか、俺以外にも人質を取られて連れてこられた探索者が大勢いたなんてな……。随分と手慣れているとは思っていたが……」
「それがこの国のやり口なのです。トップ探索者の数やレベルは、どうしても人口に比例しますから。この人口500万人程度の国の国民だけでは、Sランカーの数は限られてしまいます。それで他国の探索者を利用することを考えやがったんです」
俺の言葉に応じたのは、二十代半ばくらいの日本人の青年だ。
彼も俺と同様、家族や恋人といった大切な人を人質に取られ、日本から強制的に連れてこられた探索者だった。
若くしてAランクになり、将来はSランク間違いなしと噂されるほど優秀な探索者だったが、数年前に忽然と姿を消したことで、ニュースになっていたような記憶がある。
「小国がダンジョン先進国の仲間入りを果たした裏には、そういう黒い背景があったってわけか……」
と、そのときだった。
スマホに着信があった。
「ん、何だ? まだ定期面会の時間じゃないはずだが……」
俺のスマホは没収されているため、俺のではない。
ダンジョン攻略中であっても恋音と面会ができるよう、軍から支給されたものだ。
訝しく思いながら出てみると、画面に映し出されたのは見知った旧友のものだった。
『よう、ケンちゃん、いま時間あるかい?』
「っ、河北!? 何でお前がそこにいるんだ!?」
背景は間違いなく恋音が軟禁されている部屋だ。
よく見ると後ろには恋音の顔がちらちらと覗いている。
『見ての通り恋音ちゃんを解放しにきたぜ。東口と南野も来てる』
「それは本当かっ!?」
『ああ。そっちは今、軍事基地の中だろ? いや、基地の中のダンジョンの中か。ここを脱出して恋音ちゃんを安全なところに避難させたら、次はお前のところに向かうぜ』
予想外の事態に俺は少し混乱しつつも、
「ということは、これで俺は自由の身ってことか」
「おい、貴様! 何の話をしている!?」
怒鳴り声をあげたのは、俺たちの監視役として同行している軍人の男だった。
「つまり……もう命令に従う必要はない、と」
「っ!?」
俺の包丁が閃き、男が身に着けていた装備が一瞬で裁断される。
「な、な、な……き、貴様、こんなことをして、タダで済むとぶげっ!?」
さらに顔面を蹴って吹き飛ばしてやった。
「悪いが、俺はここまでだ。すぐに地上に引き返す」
「……話は聞いていました。でも、大丈夫なんですか? たった三人だけでこの国に乗り込んできたみたいでしたけど……」
「心配は要らない。あいつらのことは誰よりも信じている。すでに合流済みなら、もう恋音は大丈夫だ」
「す、すごい信頼ですね」
「一緒に修羅場を潜ってきたからな。もう二十年近く前のことだが」
そうして短い間だったパーティメンバーたちに別れを告げ、俺は全速力で地上を目指したのだった。
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