第124話 こうして直接会うのは何年ぶりだ
その日、三人の日本人たちが、ランジタラ統合王国の東端に位置する空港に降り立った。
ただし、三人が乗ってきた便はバラバラだ。
そもそも三人のうちの二人は日本からの便ですらなく、海外からの便だった。
「やあ、久しぶりな、お二人さん。こうして直接会うのは何年ぶりだ?」
どこか軽薄そうな笑みを浮かべ、旧友たちに声をかけるのは、日本人としてもかなり小柄な男だ。
体つきも細身で、ひ弱そうな印象を受ける。
彼の名は河北幸司。
現在はアジアのとある国で暮らしながら、フリーのシステムエンジニアをやっていた。
「そもそもオレは日本に帰る機会がないからねー」
応じるのは、河北とは対照的に、でっぷりと肥え太った男である。
身長は175センチかそこらだろうが、体重は100キロを軽く超えているだろう。
彼の名は東口光毅。
普段は商社マンとして世界中を飛び回っており、この日は忙しい仕事の合間を縫って南米からわざわざ駆けつけていた。
「君たちが全然日本に帰ってこないからだろう? 日本はいいよ。安全で清潔で物価は安いし、ちょっと税金が高くて現役世代を軽視しているし十六歳未満の子供には扶養控除もないけど、子育てするにはとってもいい環境だよ、うん、ほんとにね」
よほど不満を抱えているのか、そんな皮肉を口にするのは、すらっとした長身の男。
発言とは裏腹に、にこにこと人懐っこい笑みを浮かべ、端整な顔立ちと相まって、いかにもモテ男といった印象だ。
彼の名は南野卓志。
ごく普通のサラリーマンとして働きながら、五人の子供の育児に奮闘しているパパである。
「それで、ケンちゃんはどこにいるか分かった?」
「ああ、当然だぜ」
東口の問いに、河北が自信ありげに応じる。
「早速乗り込んで救出……と行きたいところだが、その前にまずは恋音ちゃんを助けないとな」
「そうだね。人質がいるままじゃ、ケンちゃんを助けたって意味がないし。もちろん恋音ちゃんの居場所も分かってるんだよね?」
頷くのは南野だ。
「おいおい、おれっちを誰だと思ってるんだ?」
「世界中の闇案件ばかり受注しているヤバいSE」
「ハッキングが趣味のミスター反社」
「随分な言い様だな! まぁ合ってるが」
「「合ってるのか……」」
飽きれる二人を余所に、河北はタクシー乗り場に向かって歩き出す。
「というわけで、まずは恋音ちゃんから助け出すぞ。……囚われのアイドルの前に颯爽と現れ、救出する……ヤバいこれ、完全に惚れられる展開じゃねぇか」
「お前ケンちゃんに殺されるぞー?」
◇ ◇ ◇
恋音が目黒で男に拉致され、この国に連れてこられてからすでに五日が経っていた。
提供される食事は美味しく、スタッフ(?)からは丁重に扱われ、テレビもあらゆる有料チャンネルが見放題で、さらには定期的に叔父との連絡も取ることができた。
しかも希望すれば監視付ではあるものの外出も許され、日本に帰ることができないことを除けば、不自由のない生活を送っている。
とはいえ、もちろん一刻も早く日本に戻りたかった。
「グループのみんな、どうしてるかな……。急にいなくなっちゃって……お仕事も無断欠席してる形だし……わたしのこと、心配してるだろうな……。美久先輩も……」
真面目で責任感の強い彼女は、こんな状況ながら仕事に穴を開けてしまったことを申し訳なく思っていた。
何より、自分のせいでこの国で強制労働させられている叔父のことが心苦しい。
と、そのときである。
不意に背後に気配を感じ取った恋音は、咄嗟に後ろを振り返った。
「っ!? だ、誰っ……」
次の瞬間、彼女の影の中から人の頭がぬっと這い出してきた。
「あ、どうも」
「~~~~~~っ!?」
男だ。
カマキリに似た、どこか狡猾で神経質そうな顔つき。
その割に浮かべている笑みは軽薄な印象である。
年齢は四十歳ぐらいだろうか。
男は影から跳躍し、部屋の中に着地すると、警戒で後ずさる恋音に告げた。
「おっと、おれっちは怪しいやつじゃない。と言っても信じてもらえないかもしれないけど、君を助けに来たんだ」
「日本人……?」
非常に流暢な日本語だった。
恐らくネイティブでなければ難しいレベルの日本語だろう。
「ああ、そうだ。名前は河北。大河ドラマの方の河に、東西南北の北で河北だ。鳳凰山38のファンの一人で、君の叔父さん、西田賢一の旧友でもある」
「おじさんのっ?」
「大学時代に一緒にダンジョンに潜った仲なんだ。今でもたまに連絡を取り合っているぞ」
「お、おじさん、友達いたんだ……」
「……おれっち含めで三人だけな。まだ信用できないかもしれないが、あまり長居はできない。早くここから……っと、どうやら見つかったみたいだな」
部屋のドアが凄まじい勢いで開いた。
そうして雪崩れ込んできたのは、この国の軍人たちだ。
『侵入者だと!?』
『一体どこから入った!?』
『何者だ、貴様は!?』
異国の言語で怒鳴り声を響かせる軍人たち。
恐らくはランジタラの公用語であるランジ語だろう。
『捕えろ! 人質には傷を付けるなよ!』
隊長格と思われる男が叫ぶと、他の四人が同時に武器を構えた。
軍人ながら探索者の集団らしく、バラバラの装備である。
だがそんな状況ながら、河北と名乗った男は相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべながら平然と呟く。
「全員がAランクからBランクってところか。そこまで警備に力を割くなんて、恋音ちゃん、ひいてはケンちゃんの存在がいかに重視されているか分かるな」
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