第110話 ちゃんと労働条件を確認しましょう
仙台城ダンジョン地下35階。
クラス7のダンジョンである仙台城ダンジョンの最下階にあたるこの階もまた、延々と沼地が続いていた。
草木もほとんど生えず、まるで海のように開けた沼だ。
しかも底なし沼ばかりで、足を一歩でも踏み入れると泥に沈み込んでいき、そのまま全身が呑み込まれてしまう。
「泥が濃いため、たぶん船での移動も難しいと思います」
〈どうやって移動するんだよ……〉
〈無理じゃね?〉
〈忍者が使う水蜘蛛ならいけるかも?〉
〈あれバランス崩して倒れたら終わりだよなw〉
もちろん俺は泥の上を走っていけるため問題ない。
「ちなみに、ぽつぽつと島みたいなものが点在していますが、あれは亀の魔物の甲羅ですね。誤って上陸したら食べられます」
〈マジか〉
〈てっきり休憩地点かと……〉
〈え、じゃあ、途中で休めないじゃん〉
〈過酷すぎだろこの階〉
〈さすが最下階だな〉
そんな泥の海を走ることしばし。
遠くにまた島のようなものが見えてきた。
〈形的に甲羅じゃなさそう〉
〈今度こそ休めそうじゃん!〉
〈いくらなんでも鬼畜仕様すぎたもんなぁ〉
〈いや安心するのはまだ早いぞ〉
〈あれも魔物だったりしてw〉
「はい、そうです。あれも魔物です」
〈魔物だった!?〉
〈めっちゃデカくないか!?〉
〈俺だったら確実に上陸してた……〉
〈もしかしてボスじゃね?〉
「コメントでも指摘してくれてる人がいますが、あれがこのダンジョンのボス、ヒュドロスです」
そのまま俺は背中に上陸した。
するとボスが動き出す。
泥を巻き上げながら開いたのは、それだけで十メートルはあろうかという長くて平たい口だ。
そこには無数の鋭い牙が並んでいる。
〈ワニ?〉
〈ヒュドロスってワニなのか〉
〈尻尾まで入れると全長四十メートルくらいありそう〉
〈マジで怖すぎる〉
「グウォォォォォォォォオオオオッ!!」
ヒュドロスは重低音の咆哮を轟かせると同時、凄まじい速さで身体をねじって俺を振り落とそうとしてきた。
もっとも、それくらいで落とされるような俺ではない。
背中に張り付いたまま、包丁を脳天に突き出してやった。
「~~~~~~~~~~ッ!?」
「さすがに鱗が硬いですね。脳まで届きませんでした」
〈冷静すぎて草〉
〈ニシダの包丁が通らないとか、さすが深層ボスだな〉
〈そんなことより回転し始めたぞ!?〉
痛みに悶えながら身を回転させようとするヒュドロス。
さすがにそのまま乗っていると泥の中に引きずり込まれるため、俺は回転とは逆向きに走った。
途中でこちらへ向けられた喉首を包丁で斬りつけつつ、ヒュドロスの回転を凌ぐと、先ほどと同じ個所に包丁を突き刺す。
「~~~~~~~~~~ッ!?」
すると今度は泥の奥に逃げ込もうとしたが、その前に俺の包丁がヒュドロスの脳を貫いていた。
こと切れた巨体がそのまま泥に沈み込みかけたので、俺は土魔法で周囲の泥を固めて沈没を防ぐ。
〈土魔法使えるんかい〉
〈そういやそうだった〉
〈なら休憩しようと思えばいくらでもできたわけか〉
〈でも自分の足場だけ確保すればよくない?〉
「ヒュドロスの肉はかなり美味しいので、持って帰ろうと思っています。希望が多ければ、マウンテンフロッグと同様、こちらも裏メニューにできればなと」
〈美味いんか〉
〈海外だと普通に食用にされてる地域もあるもんな〉
〈ワニ料理は広島でも郷土料理〉
〈それはサメの方のワニな〉
パンパカパンパカパーンッ♪
ボスを倒したことで、ダンジョン攻略達成を示すファンファーレが鳴り響いた。
〈おめでとー〉
〈仙台城ダンジョンが攻略されたのはこれが三度目〉
〈過去に二度しかないのか〉
〈そりゃクラス7のダンジョンなんてなかなかクリアできんよ〉
〈しかも沼地ばかりの過酷な環境だしな〉
〈ちな、その二度は神宮寺セイアのパーティと門山碧のパーティだな〉
〈ニシダだけソロで草〉
「おっと、宝箱が沈んでいきますね」
攻略報酬の宝箱も出現したが、泥の上だったためそのまま沈み込んでいってしまう。
俺は慌てて泥を固めた。
〈ワロタ〉
〈あのまま泥に沈んだら宝箱開けなくなるってこと?〉
〈酷すぎだろw〉
〈転移ポータルは沈んでないな〉
〈攻略報酬より、新しい英霊の方が気になる〉
〈誰が出るかな誰が出るかな〉
「あれ? おかしいですね? 英霊が出てこないですが……」
周囲を見回すがそれらしき姿はない。
首を傾げていると、泥の中からぬっと人影が現れた。
「かかかかっ! せっかく解放されたと思ったら、泥の中じゃったからびっくりしたでござる!」
〈泥に沈んでたのかwwwwwww〉
〈大草原〉
〈せめて泥の上に出現させてあげてーw〉
〈豪快そうなおっさん〉
〈なんだおっさんかよ……〉
現れたのは俺よりも少し年上といった印象のおっさんだ。
立派な甲冑に身を包み、右目を眼帯で隠している。
「そなたが儂の魂を解放してくれたのでござるな?」
「ああ、そうだ。俺は西田賢一と言う。あんたは?」
「儂は伊達政宗でござる! 人呼んで……ええと、何じゃったかの? まぁ細かいことはよいでござろう!」
〈独眼竜政宗だろw 自分で忘れんなよw〉
〈やっぱ伊達政宗だったか〉
〈仙台と言えば、だもんな〉
〈こんな陽気そうなおっさんだったのなw〉
「そんなことより、儂をこの異界の牢獄から解き放ってくれた礼をせねばならぬでござるな」
「それならうちの店でアルバイトをしてほしいんだが」
〈やっぱりアルバイトwww〉
〈相手は最後の戦国大名と言われる伊達政宗だぞ?〉
〈ダンジョン攻略とかなら分かるんだがな〉
〈ダンジョンはニシダ一人いれば余裕で攻略できるからなぁ〉
「あるばいと……? かかかかかっ! よく分からんが、面白そうでござるな! 儂の力を貸してやろう!」
〈すんなり〉
〈何でどの英霊もあっさりOKするんだよw〉
〈アルバイトを始めるときは、ちゃんと労働条件を確認しましょう〉
〈ケンちゃん食堂はブラックバイトだからなwww〉
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