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第四話 変わったもの

 俺が計画を実行した日を境に、飛ぶように時は過ぎていった。

 ある日、丈と隆史に連れられて中心街まで来ていた。前から気になっていた変わり種のカラオケ屋で、俺のお祝いをしてくれるらしい。


「それで上等さ~」


 呆然と俺を見つめる男友達が二人。それでも俺は歌うのをやめない。途中で止めると負けのように思えて、喉の痛みも忘れて歌い続けた。

 途轍もなく長い四分間を終え、俺はマイクを置いた。


「俺はもういいから、あとは二人で歌ってくれ」


 二人は無言で何度も頷く。

 『お前のお祝いだから歌え』と言われて、歌ったらこの始末だ。全く、二人とも勝手だと思う。


 幸運だったのは他に客が誰もいなかったこと。

 なんとこのカラオケ屋は、入り口にバーカウンターが設けてあり、カウンター席で歌うことができる。まるでカラオケ喫茶のような体験ができるのだ。


 席が非常に安価なことと好奇心から、俺たちはカウンター席を指定した。そのため、個室に向かう客に歌を聴かれてしまう。

 今は人の出入りが落ち着いていて救われた。カウンター内のスタッフには聞かれていたが、さすがプロ。何事もないように出来上がったソーダフロートを俺の前に置く。


「えっと、じゃあ気を取り直して」


 隆史が流行りのアニメに使われていた楽曲を入れる。キャッチーな曲で、最近は町中の至る所で耳にする。音程をとるのも難しくなさそうで、俺でも歌えそうだが、いざ歌うと聞き苦しいのは何故なのか。

 可もなく不可もない隆史の歌唱が終わる。俺は最初の一曲で歌う気が削がれたので、無料のドリンクバーにコーヒーやジュースを取りに行く。


 この店の特異さは、ドリンクバーにも見受けられる。見慣れたドリンクやソフトクリームのコーナーの隣に、木造の小部屋が設けられていた。そこは、ニ十歳未満は立ち入り禁止で、入り口で会員証をかざさないと入れないが、戸のガラス部分から中を見ることができる。


 大きな一升瓶が三つ、逆さ吊りにされている。その上には看板が掛けてあり、「無料アルコールバー」の文字。瓶の中身は焼酎で、米と麦と芋の三種類がそろっていた。飲み口のレバーを下げると中身が出るようになっている。


 その横にはドリンクバー様式で、様々な味のハイボールとチューハイが用意されている。

 さすがに安酒らしいが、これだけの種類の酒を楽しみながら歌うことができる。俺たちも楽しんでいるが、ここは寧ろ大人にとっての楽園だ。


 席に戻ると、次は丈の歌う番だった。こいつの選曲には相当の癖がある。無類の音楽好きで、よくわからない拘りが多い。偶にデスボイスを出すので、癖のある歌が苦手な俺は辟易している。


「おい、変な曲入れるなよ」

「大丈夫、今日はお祝いだし、勝手はしないって」


 そう言って丈が選んだのは、俺と隆史が全く知らない曲だった。作曲者は有名だが、この曲は一度も聞いたことがない。新しい曲に触れる機会になるので、癖のある曲でなければ文句はないのだが。


 ただ、こいつは歌い方も変わっている。高音の声もよく出ているので技術は高いのだろうが、気持ちが入りすぎている。聴いているだけでかなり胸焼けしてしまう。

 本人の談では、そうやって歌に入り込むのが自分の色らしいが、いい迷惑である。


「ふぅ、歌った歌った」


 丈は満足そうな顔でソファーに座り込んだ。


「お前が一番、楽しんでるよな」


 結局、俺のお祝いなどと理由をつけて、自分が歌いに来たかっただけだ。

 丈は次第に洋楽を流し始める。歌詞の意味は理解していないそうだが、歌っていて楽しいのか疑問だ。


 そのまま二人が交代で歌い続けた。隆史は無難なチョイスで、聞き覚えのあるノリのいい曲を入れ、丈は逆に音作りを重視したコアな曲を入れた。ただ、丈の選曲には聞き覚えのある曲も含まれており、マイナーかどうかより単純に曲の質がいいかで判断しているようだ。


「すみません、次、いいですか?」


 中肉中背の大学生くらいの男が話しかけてくる。どうやら彼もカウンター席を選んだらしい。


「どんどん入れてください。そういう場所なので」


 間奏中だったので丈がすかさず返答した。大好きな歌唱のことになると積極的だ。


「それじゃ、遠慮なく。僕、ちょっと声が大きいですよ」


 お兄さんは昭和の演歌を入れた。癖の少ない曲なので、丈の歌の口直しになると思っていた。

 ところが…。


「空の、歌よー!」


 途轍もない大声である。ちょっとどころではない。

 マイクの音量を一気に上げたのかと思うほどの、凄まじい声量である。失礼だと思う間もなく、思わず耳を塞いでしまう。


 正直、歌を聴くどころではない。丈の歌と違い、そもそも聞き続けられない。

 俺と隆史は目を見合わせて、顔をしかめる。


「いいですね! 声量があるのは大事なことですよ」


 お兄さんの一回目の歌唱が終わり、丈が拍手しながら声をかけた。俺たちとは違い、彼の歌が気に入ったようだ。


「え、そうかな? うるさいって言われたことしかないよ」


 丈の評価には、お兄さん自身も意外な様子だった。


「いや、より感情が伝わるので必要だと思います。欲を言えば、もっと原曲の歌い方に合わせた方がいいと思いますが」

「ありがとう。君は高音域がめっちゃ上手いね」


 意気投合して話し出す二人。癖のある歌い方の二人だが、それは情熱があるからでもある。可もなく不可もなしで歌うことだって出来るはずだ。俺のように音痴でなければ。

 変わった所があっても、彼らが共感し合っていると普通に思えてくる。その光景はどこか不思議だった。


「高音は地声と裏声を混ぜていくイメージだと出やすいですよ」

「そうなんだ。意識してやってみるよ。ところでさ、俺が今してるヘッドフォン、自分の声がよく聞こえるんだけど、改善点とか気付きやすくていいよ」


 周りから見たら、タツさんと俺もこう見えるのかな。そんなことを思いながら話を聞いていた。

 お兄さんは、それから三曲ほど歌い、丈と連絡先を交換して去っていった。もともと人との待ち合わせ時間を、安いカウンター席で過ごしたかっただけらしい。喫茶店でコーヒーを頼むより安く済むので、かなり利口な使い方だ。


「あー。大満足だわ」

「俺も! いい気分転換だった」


 二人が持ち歌を使い果たし、長かったカラオケ会も終わろうとしていた。二杯目のソーダフロートも空になり、丁度良いタイミングだった。

 硬くなった体をほぐすため、立ち上がって伸びをする。


「もっと楽しそうにしろよ。せっかくお前が付き合いだしたお祝いなんだから」

「いや…めでたくなんかないよ」


 俺は丈にそう答えていた。照れ隠しではない。本当にめでたい事だなんて思っていない。

 真琴に何をしたのか、二人には説明していなかった。それは、その行いの結果を思い出したくないからだ。


                   *


 数か月後、俺は再び真琴の家を訪れた。

 あの日から俺たちの状況は大きく変わった。それは予感があったとおり、想定していた変化だけではなかった。


 チャイムを鳴らすが、誰も出てこない。真琴とは会う約束をしていたが、家に人がいる気配はない。彼女の家族は共働きらしく、休日も家にいることの方が稀だと聞いた。それは真琴の気持ちが自分に向いた理由の一つかもしれない。


 約束を反故にされたと思い、帰ろうとする。

 だが、最近の真琴の様子を思い出し、戻りかけた足を止める。


「すみません。岸本きしもとです。お邪魔します」


 大きな声で挨拶し、玄関のドアに手を伸ばす。

 鍵が、かかっていない。相変わらず不用心な奴だ。

 まず二階の彼女の部屋に行く。だが、ドアをノックしても返事がなく、中には誰もいない。


 それから一部屋ずつ確認し、最後に一階の客間の前に立った。

 ゆっくりと戸を開けたが、高い音が立ってしまう。部屋の中は薄暗く、音に反応した人影もない。


「……」


 天井の照明は消されているが、部屋の奥から光が広がっていた。光源は小さなデスクで、周囲をぼんやり照らしている。

 デスクには、足をブラブラと動かす真琴。彼女を見つけて、俺は安堵するどころか身構えた。


「くそっ」  


 ここでじっとしていても仕方ない。躊躇いながらも足を前へ…。


「うわっ」


 だが、一歩踏み出したところで異常に気づく。

 深い。部屋そのものが低くなっていて、転げ落ちてしまった。


「痛っ。…あれ?」


 そして落ちた先でも驚きが待ち構えていた。

 水だ。足下に水があって足の踏み場が無い。この部屋の床を水が満たしていた。

 あわてて起き上がる。着ているものは全て濡れてしまっていた。どうすればいいのか分からず、狼狽うろたえる。


「…まじかよ」


 それでも戻ることはできない。ズボンの裾をまくって、おずおずと歩き出した。

 水場ではなかなか足が前に出ないが、なんとか掻き分けながら少女の後姿を目指して進む。

 宙を蹴る彼女は、振り返った。


「いらっしゃい」


 真琴は微笑んで迎えてくれた。


「あぁ。来たのはいいんだけど……これは、どうしたの?」

「これ、すごいでしょ? 水だしっぱだから、すぐに海みたいな部屋になるよ」


 事の重大さを理解していない真琴は、嬉しそうにするだけで要領を得ない発言をした。


「うーん、だけど、あの…色々と大変になるよね?」

「大丈夫。床はタイルだし、ここは一階。つまり、問題なし」

「……」


 あの日から、真琴は危なっかしく、それにどこか幼い。思いつくまま行動するから目を離せなくなる。まるで彼女が歳の離れた妹になったようだ。


「ねぇケイさん」

「なに? 真琴」

「遊ぼう」


 そう言って彼女は椅子から跳んだ。小さな川を飛び越えて、ソファーを揺らす。


「ここに座って」 


 指示に従い、飛沫しぶきを散らしてソファーに向かう。彼女も俺のスペースを空けて、両足を川の上へと放った。

 強迫観念に囚われ、彼女の一言一句に聞き耳を立てる。


「――えいっ」


 彼女がしたかったのは、水のかけ合いだった。じゃれ合っているようだが、服が水を吸って居心地が悪くなった。

 かつての俺は歓喜した状況だが、今は緊張して素直に喜べない。


 実は、真琴が恐ろしいのだ。

 彼女は無邪気に水をかけてくる。その姿は堪らなく可愛い。

 だが、心の靄は残り続けて、気まずく蝕まれていく。ぎこちないまま、恐怖を抱えて彼女に接さなければならない。


「…………」


 真琴が距離を縮めてくる。顔を寄せ、掬った水を塗られる。今までにない程に、澄んだ瞳が近かった。無邪気な姿は愛らしく、次第に恐怖は薄れていく。

 真琴は楽しそうな笑顔で息を漏らす。


「ふふ、綺麗にしてあげる」


 徐々に、幸せで恐怖と焦りが上書きされていく。真琴の無邪気さに不吉な予感が払拭された。

 しばらくすると、彼女は唐突に水かけをやめた。飽きたのだろうか。

 真琴はソファーの下に手を入れ、まさぐりだした。


「…………」


 下を向いたままで表情が読めない。


「あった」


 彼女が取り出したのは、液体の入った褐色の瓶だった。


「これ、お酒なんだよ」

「ん?……は?」


 近づいてラベルを見てみると、読みにくい英文字がそこかしこに並んでいた。

 よく解らないが、ウィスキーとかそういう度数の高い酒なのではないだろうか。


「どこで見つけたんだ」

「親が飲んでるのを取ってきたの」


 酒の味が分かるっていうのか。大人だな、真琴は。

 ――いや、ていうか、流石に早すぎるだろ。まだ子供なんだから。 


「おい、それは危険…」

「大丈夫だって別に。そんな事よりお酒飲もう、蜂蜜みたいに甘いかもよ。いや絶対そう。だって大人はみんな飲んでるでしょ。子供たちに広めたくないから、不味いって言ってるんだよ」


 真琴はコルクを抜いた。

 そしてそのまま期待に満ちた笑顔で、唇に飲み口を近づける。


「待て!」


 真琴の手首と酒瓶を掴む。


「え?」

「その…体に悪いよ。真琴も早死にしたくないでしょ? …それに実は、俺は飲んだことあるけど…えっと、不味いんだよ。だから止めよ、ね?」

「じゃあさ―」


 俺は部屋から出て行こうとしたが、足が竦んで動かない。それどころか指一本すら動かすことが出来なかった。

 怖い。でも逃げようにも、身じろぎすら許されない―。


 憎悪に塗り固められた真琴に対して、恐れ以外の感情が消える。


「………」


 彼女は感情の表現力が高い。それも他の人の比ではなく。

 ただ、それは正の感情だけではない。悲しみも怒りも、ありのままに見せつけられる。

 …あの薬を飲ませた日。あの日、やり過ぎてしまったのだ。


 素顔を見せてくれない真琴に対する不満はどんどん溜まっていった。あのときの恥じらいと悔しさが入り混じった顔は、その不満を解消するのみに止まらず、堪らない快感を生み出した。


 そしてこれが、その快感に従った結果だ。

 彼女は情緒不安定になり、幼かったり無邪気だったり……。

 時には、殺意をむき出しにする。


 飲酒を止めさせるんじゃなかった。好きにさせてやるんだった…。

 いや、あの日、調子に乗るんじゃなかった。何てことをしてしまったんだろうか。


 今から謝っても相手にされないし、償うことも出来ない。今からではもう、奴隷のような日々が待っているだけだ。

 もう、許しは得られない。


「じゃあ、飲んでよ」


 生気を感じさせない、抑揚のない声だった。


「……え」

「飲み慣れてんでしょ? じゃあ飲んでみてよ」

「そんな…」


 そんな強い酒…死んでしまう。

 真琴は俺の言わんとすることを察したのか、俺に興味をなくして視線を外す。

 そこまで軽んじられると退くに退けない。


「見とけよ」


 覚悟を決めて黄金色の液体を口に流し込んだ。

 だが、あまりの苦さと口から溢れそうな煙臭さに、思わず顔をしかめて吐き出した。


「おぇっ…」


 液体を全て出しても残る苦みに耐えかねて、足元から掬った水を口に含む。


「…はぁ…はぁ」

「吐いちゃうんだ」


 呆れたと言わんばかりに、ため息をつく真琴。


「私にはあんなの飲ませたのに」


 失望とも憤怒ともとれる表情だった。俺は凍り付いたように動けなかった。

 話をするしかない。

 混乱の最中、そんな思いが湧きたつ。


 このまま黙りこくっていたら、空気が重くなる一方だ。とてもじゃないが気が狂ってしまう。


「……」


 けれど、どうしても話題を思いつかない。どんな話をしても真琴の気分を害してしまいそうだ。


「そういえば、机に向かってたけど、勉強中だった?」


 長い沈黙を経て切り出したのは、部屋に入って最初に見たものについてだった。


「………あぁ」


 僅かな間をおいて、彼女は殺意を向けるのを止めた。


「ん、あれはね」


 どうでも良くなったように酒瓶を放ると、床を満たす水がトポンと受け止めた。ようやく酒を手放したが、まだ気を抜けない状況だった。

 今の真琴は何が気に障るか分からない。起爆剤を与えぬよう、細心の注意を払わねばならない。


 だから落ち着いたのも束の間、もう彼女から目が離せない。

 真琴はデスクに付属した椅子へ飛び移った。こっちを振り返り、手招きをする。


「勉強はしてない。ちょっと日記を書いてたんだよ」


 水に足を浸す。水量は明らかに増加していた。流しの辺りから水が溢れ出しているせいだ。まだまだ水かさは増していくだろう。

 水の抵抗を最小限に抑えるべく、大股で机に近づいた。どうやら彼女の話は本当だったようで、そこにはノートが広げられていた。


 机が十分に見える位置に移動して、上から覗き込もうと…。


「ダメっ」


 しかし、真琴は遮るように前屈みになってノートを隠してしまった。


「…なんで」

「だってー。あなたに見せたら馬鹿にするよね?」


 総毛立つ思いがした。真琴は笑ってはいたが、瞳の奥には押さえ付けられた荒い感情が存在したからだ。彼女の中には、まだ殺意が潜んでいた。やはり気を抜いてはいけなかった。


「あの…この部屋さぁ! ちょっと暑くない? 俺なんか喉乾いてきた。ちょっとリビングまで行ってくる」


 咄嗟に新しい話を始める。一度上手くいったやり方を繰り返しただけだ。


「そうそう! この家って暑いのよ。やっとケイさんも分かってくれた」

「そうだよな…」

「でも、わざわざ出ていかなくても…」


 真琴は俺の手首をつかんだ。凄い力が籠っている。


「水ならここに、たくさんあるよ」


 腕を思いきり下に引っ張られる。

 体勢を保とうと踏ん張ったため、負担の集中した腕が悲鳴を上げる。


「いっ…た」


 骨が折れる。

 予期した瞬間、彼女の手を乱暴に振り払う。


「あっ、ごめん」


 俺は咄嗟に謝罪の言葉を口にする。それに対して、真琴は我に返ったように慌てだす。


「そんな、謝らないでよ。こっちこそごめん。腕、痛かったでしょ?」


 いつもこうだ。謝ろうとすると、逆に俺を気遣って謝ってくる。

 情緒不安定過ぎて、どうにもできない。俺の手におえる相手じゃない。

 それから俺は、恐怖を抱きながらも、遊びに付き合って世話をする奴隷に戻った。気が狂いそうになりながら、役割を果たし続けた。


 彼女はやっぱり、おかしくなっている。

 情緒不安定なだけではなく、行動すらもおかしい。手錠をかけて自らを宙に浮かせる行為は、人に迷惑をかけない趣味趣向とも言えた。だが、部屋を水で満たし、酒に手を出したのは、親に迷惑をかけるうえに自分にも大きなリスクが伴う。正気の沙汰とは思えない。


 馬鹿な俺のせいで、真琴は狂ってしまった。


「……よっと」


 しばらくして真琴は立ち上がった。

 素足で躊躇ためらわず水を駆けた。そしてカーテンを閉じたまま、窓の鍵を開ける。


「そろそろ水抜いとこう」

「…そうだな」


 彼女は窓を開けた。

 カーテンは外から内へと煽られて、勢いよく飛び上がる。


「きゃっ……」


 陽の光が誕生し、ぼんやりしていた部屋が色彩を帯びる。

 真琴の艶めく黒髪に隠れた、真っ白な肌。その肌に、吹き込んだ一枚の花弁が寄り添う。


 それを見て、散った花の侘しさが募った。晩秋の空気に当てられただけではなく、それが真琴の今を思わせたからだ。

 ぱらぱら。


 机の上の日記が、遡るようにめくられる。

 真琴の足元からこちらへ、水が風に吹かれて波紋をつくる。前は眩しくて、それぐらいの事しか分からない。彼女の表情は伺えない。


「本当にごめんな」

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