ジョーカー
スマホが鳴っている。ゆっくりと目を開けた。夢を見ていた。祐介と「紅い眼鏡」について話していた夢を見ていた、「田園に死す」について話していた夢だ。寝坊しないように、祐介にモーニングコールを頼んでいた。今日は『ジョーカー』を観にいく。スマホを耳に当てて祐介に礼を言った。どんな夢を見ていたかは忘れた。
喫茶店で祐介にケーキをおごられている。
今日観た『ジョーカー』。
派遣ピエロとしてわずかな金を稼ぎ、年老いた母と暮らすアーサー・フレックス。映画が始まってすぐに悪ガキに看板を盗まれてから、あらゆる不運、不幸がアーサーを襲う。ひとつひとつがあまりにもひどく、あまりにも数が多く、思い出すのもおぞましい。観ていてずっと思っていたのは、『アーサー、なんで我慢してるんだ。早くジョーカーになれ。早くジョーカーになって、こんな社会ぶち壊してやれ!』だった。
「普段は暴力的な場面は苦手だけれど、アーサーがきっかけになって、暴徒が街を壊すシーンは、気持ち良かったよ!」
これに対して祐介が言った。
「あのシーンは、アーサーの妄想だっていう考察がある」
「は?」
それじゃあ、何の救いも無いじゃないの!
「あの暴動のシーンの最後に、アーサーは車の屋根の上に乗って、血のりでジョーカーのメークをする。その後場面が切り替るけれど、アーサーは精神病院にいて、ノーメークで手錠をかけられていた。暴動が現実だとすれば、アーサーがメークを落とす理由が無いし、手錠をかけられているわけがない。しかもアーサーはその後精神科医に、『ジョークを思いついた』って言った。つまりあの暴動はアーサーの『ジョーク』だったと考えればつじつまが合う」
私はへそを曲げて、それから祐介が何を聞いても返事をしなかった。
「しかし、『瓶詰の地獄』と違って、アーサーの妄想は、本人にとってだけれど、明るい妄想だな」
だから、何の救いも無いじゃないか!
ゆっくりと目を開けた。夢を見ていた。祐介と「紅い眼鏡」について話していた夢を見ていた、「田園に死す」について話していた夢を見ていた、「ジョーカー」について話していた夢だ。寝坊しないように、祐介にモーニングコールを頼んでいたんだはずなのに、祐介から電話が来ない。スマホを見ると、頼んでいた時刻を過ぎている。映画の時間には十分間に合う。ベッドから降りて顔を洗った。
そのままダイニングに行くと、母親が朝食を並べていた。