スーパーマーケット
近所にスーパーがあると聞いて、あかりはちょっとのぞきに行くことにした。
ティアが仕事に出かけた後にあかりも家を出る。
八月。あかりの記憶にある夏よりも少し日差しが柔らかい気がした。エネルギー問題を殆ど解決してしまったらしい現代では、温暖化もずいぶん緩和されていてその効果もあるようだった。
あかりの頭上を何台もドローンが飛び去っていく。月水金の午前七時から九時の間は配達用のドローンの飛行が解禁されている。なぜ決められているのかと言えば、騒音や不意に人に衝突することも考えた結果であるらしかった。因みに、それ以外の日や時間では起動出来ないようにドローンには制御プログラムの組込が義務化されている。
地上十五メートル位のところを、各配達会社の拠点を飛び立ったドローンが配達先を目指して飛んでいる。あかりは暫く見上げたままでドローンの挙動を見守っていた。どういう理屈で衝突しないのかが気になったからだ。
よく見るとドローン同士はお互いを避けるように飛んでいる。あかりは知らなかったが、ドローンは超音波で互いを認識している。コウモリのように。
そういえば、家の庭にも小さなドローン用の着陸ポートがあったとあかりは思い出す。あれは通販業者ごとに設置する必要があるようで、ひどい家では四つも五つもポートが設置してあるらしい。
配送は着陸までは保証されているので制限時間を超えたからと言って急に停止して墜落したりはしない。届け先の着陸ポートで時間切れになった場合はその場で電磁ロックがかかり、配達会社の拠点には翌日帰ることになっている。
スーパーに着くと、客がそれなりに入っていた。平日の午前中ということもあってか、客は小さな子供を連れた主婦や、老人が多かった。買い物カゴを取って店内を回る。
一口に三十年後の世界、と言っても居る場所は同じ日本なのでそれを常時感じることはない。あかりにとって、病院でのスマート診療とかドローンによる配達とかははっきりとした未来で、今このスーパーはあかりの記憶にある光景とさほど変わらない。今も昔も、通路に並べられた什器から好きな商品を取るだけだ。
お菓子のコーナーで商品を選ぶ。かつて買ったことのある商品が未だに並んでいるのを見るとほっとする。懐かしさのあまり手に取ってよく見ると、細かなパッケージデザインは違っていて、そうだよなぁ、と思う。
何点かお菓子をカゴに入れる。見たことのないお菓子に興味は湧いたがあかりが選んだのは記憶にあるお菓子ばかりだった。
続いて飲料コーナー。ここでも定番の商品が未だに売られていたのでカゴに入れる。
未来を見に来たのに結局馴染みのあるものしか手に取らなかった自分に可笑しくなる。同時に、そうやって得られる安心感は久し振りだと思った。病院で意識を取り戻してから今まで、どこかふわふわして落ち着かなかった――得体の知れない不安の中にいて、あかりはその不安にわくわくもしたが、たまには確実なことで安心したい。
ついでに野菜、鮮魚、精肉コーナーも回る。かつて教えられていた未来と違って、どの商品も安定して供給されているように見えた。ただ、鮮魚コーナーは様変わりしていて、見たことのある魚と言えばマグロくらいで、後はあかりの全然知らない魚だった。
実は、この三十年で漁獲量が激減した魚種もあり、世界全体で漁業への制限がかかっていた。いま、食卓を賑わせているのは最近供給量が増えてきた深海魚だ。なお、マグロだけは養殖技術が円熟しており、現在も安定供給が続けられている。
――あれ? ちょっと待てよ。
改めて店内を見回す。店員が一人もいない。商品の品出しや陳列などはどうなっているのだろう、とお菓子の並んだ棚を見る。売れて減った分が棚の奥から自動で押し出されてくるのを目撃する。ぎりぎり棚からこぼれ落ちない、絶妙な力加減だ。
――すご。
あかりが後で知ったのは、全ての棚は地下の商品が詰まったレーンの上に立てられており、レーンからの商品供給の判断はAIが行っているということだった。
一通り見回って満足しレジに向かう。レジは何列もあって、ここにも店員が一人もいない。あかりは精算待ちでレジに並んでいる人をひとまず観察する。
よく見ると皆、レジ近くの台にカゴを置いている。瞬時にレジ台前のディスプレイに値段が表示される。値段を確認した客はディスプレイにスマホをかざして決済しているようだった。
ティアにお小遣いをスマホに入れといたからね、と言われたのを思い出す。この世界で目覚めてからいわゆる現金を見ていない。キャッシュレスが進んでいるのだろう。
自分の番が来たのでカゴを恐る恐るレジ台に置く。計算が瞬時に行われて代金がディスプレイに表示される。これも恐る恐るスマホを端末にかざしてみる。電子音が鳴って決済される。ほっと息を吐いた。後でティアにチャージの仕方と残高の確認方法を聞こう、と思った。
持って来ていたエコバッグに商品を入れる。出口に向かう。ここでようやく店の人間らしき人――警備員のようだ――とすれ違う。
外に出ると、来た時より日射しが強くなっていた。遠くの方で蝉の声がする。それもあかりの記憶の中にあるそれと違いがない。道中、サラリーマン風のスーツを着た男とすれ違う。早足で歩きながら、器用にスマートグラスを使いこなしていた。忙しない、と思いながら、やることがあっていいな、とも思う。
ふと、ティアが何の仕事をしているのか気になった。
今度聞いてみよう。ティアに聞くことを一つ増やして、帰路についた。




