女神の微笑
記者会見の翌日。
「じゃあ、属性研の新しい門出を祝って!」
ティアがグラスを高く掲げた。
場所はホログラムドーム。
どういう理屈なのかあかりには全く分からないが百人を超える所員が一部屋に入っている。
案内用AIシンキが投影したホテルの大ホール風の光景の中、彼らはティアと同じようにグラスを掲げ、近くの者と喜び合った。
「どうなってるんですかね、この部屋」
「何層にも空間を折りたたんでいるって、ティアが言ってたわよ」海明があかりの隣に立っていた。
「超空間、って言うらしいよ」
鈴見晴子が手に持ったグラスの烏龍茶を一口飲む。
「へええ、凄いなあ」
きっと、このドームに使われている技術もティアが持ち込んだに違いない。歩き回っているウエイターやウエイトレスたちもホログラムだなんて、信じられない。
遠く、反対側の壁の辺りで笹崎がきょろきょろと辺りを見回しながらたびたびウエイター達にぶつかり、謝っている。謝りつつ、ウエイターの顔や身体をじろじろと眺め回していた。
「何やってるのかしら、笹崎君は」
「こういう技術に興味があるらしいですよ、笹崎さん」
答えたのは晴子だ。いつの間に二人はそんな話しをするようになったのだろう。あかりが見つめていると、焦ったような声が返ってくる。
「や、違うんだよ? ティアさんが起きなくなった時にね? 何となく話をするようになって、そこから」
「そっか、心配してくれてたんだね」
ありがとうね、とあかりは晴子に笑いかけた。晴子は少しだけ赤く染まった頬のまま、柔らかく頷いた。
「いかがですかお嬢様。何か召し上がりますか」
藤野が白色皿を手にあかりに近づいてきた。
彼は明るめのグレースーツに身を包み、相変わらずの紳士ぶり。
執事は赤く染まった女主人の髪を見て、まだ慣れないとでも言うように微笑んだ。
「うん。あ、これ美味しそう」
と、丸い形のクッキーを手に取る。
一口かじって目を丸くした。
「何これ……とっても美味しい」
甘いことは甘い。でも、その奥に言いようもないほど複雑な旨味が隠れていた。あかりはあっという間に平らげ、もう一枚を手にした。
「これ、何のクッキー?」
「それは美味しさを感じられるクッキーらしいですぞ」
怪訝な顔を向けるあかりに藤野が言葉を重ねる。
「何味、と言うものではないのです。食べた人が最大限の美味しさを感じられるように作られているとか」
「へええ」
言ってることはよく分からないが、要するに。
「未来だねぇ」
呟くあかりに海明が笑いかける。
「どう? 未来は」
クッキーをくわえ、あかりは目を細めた。
「うん。未来がこんなにも凄いってこと、過去の私に教えてあげたい」
二人の視界の先、テンションの上がり切ったティアが所員たちに囲まれ、何度も何度も乾杯し、その度にグラスを飲み干していた。あのペースではすぐに酔いつぶれるに違いない。
――連れて帰るの、私なんだぞ。
ため息が漏れる。
――でもまあ、今日はいっか。
「そうだ。あかり、あなたに言いたいことがあるのよ」
「な、何ですか海明さん」
海明は空になったグラスを巡回していたボーイのトレイに返し、あかりに笑顔で向き直った。
思わずどきりとした。
大袈裟でも何でもなく、海明の表情が、まるで。
――何て優しいの。ううん、優しいだけじゃなくて。
慈しみに満ちていた。
女神のようだった。
「改めて、ティアを助けてくれてありがとう、あかり」
深々と頭を下げた。周囲に居た所員がぎょっとする。
「いいえ、それだけじゃないわ」
海明は頭を上げない。
「私のことも助けてくれて、ありがとう……」
「ちょ、ちょっと、海明さん」
周りを見回しながらあたふたする。
端から見ればあかりが海明を謝らせているような光景だ。
「あれ、あかり。ノンどうしちゃったの」
既に足元の怪しいティアが、背後からあかりに飛びつく。
「あなたには関係のないことよ、ティオ」
頭を上げた海明は涼しい顔だ。
「えー? 気になるなぁ」
ティアはふらふらと海明に近づく。
「何かあったんじゃないのー? 海」
明、と言いかけたティアの呼吸が止まる。きつく抱きすくめられたからだ。
「わあああ、何すんだ、放せっ」
ティアの絶叫が響き渡る。所員達からは歓声が上がる。
「ちょ、ちょっと。皆、見てないで助けてええええ」




