帰ろ
「やってくれたな、ティオ」
「そっちが間抜けだっただけでしょ」
二人は丸椅子に座って、白い部屋で向かい合っていた。合わせたようにどちらも真っ白な服装だ。
「全く、離れられないなんて」
ため息をつく。パラメーター・セットが融合しているからなのか、二人は余り距離を取って存在できなかった。
「こっちの台詞だ。おまえの顔など」
「見たくもない? お互い様よ」
気まずいまま睨み合って、顔を逸らした。「何故だ、何故俺がこんな目に」
結局、こいつは、とティアは思う。
「結局、あんたは自分のことだけよね、モズモ」
背けた顔がぴくりと呻いた。男が忌々しそうに口を開ける。
「それの何がいけない。誰だってそうだろ」
「まあ……そうなんだけどね」
ティアは立ち上がる。
「多分、あんたの本質を見抜けなかったあたしは、どこかであんたを気に入ってたんだろうね」
子供の頃、疑問に何でも答えてくれるこの叔父が好きだった。大人になるにつれて自然と疎遠になった。再びその名を聞いたのは、別次元に逃げてからだった。裏切られた思いだった。
――だから、あんたをこの手で捕らえたかった。
捕らえて、理由を訊きたかった。
「あんたの身体はどこでどうしてんの?」
アーガスの『抜け殻』がどこかにあるはずだった。
「さあな。知らんよ」
「はー、あのさあ、今更とぼけてどうなんのよ? もう帰れないじゃんか。素直に――」
「舐めるなよ、いずれこの身体を乗っ取ってやるさ」
――ま、この男ならやりかねないね。
何故かティアは笑った。これから長い時間をかけて、この男の心を知るのも悪くないと思えたのだ。
「何がおかしい」
「まあまあ。ね? あたし達にはうんざりするほど時間はあるし、とことん話し相手になってあげるから。あんたのことをちゃんと教えて?」
「ふざけるな! おまえと話すことなどない!」
声を荒らげるアーガス。
彼は銀髪をオールバックにし、鋭い眼光をティアに向けた。彼女は全然申し訳なさそうには見えない顔でごめんね、と言った。
「まあまあ。モズモ、そんなに怒んないで」
男は歯噛みする。
二人の近く、空間がくるくると渦を巻いた。
何事かとティアとアーガスが見つめる中、いつの間にかその場所に一人の少女が立っていた。
黒いTシャツにデニムパンツ。足元にはピンク系の可愛らしいスニーカーを履いていた。
「あ、ティア!」あかりは駆け出し彼女に飛びついた。
「何だと」
男から恐懼の声。事態の把握が出来ず、一体、どうやって、と呟いた。
「ああ、あかり……どこかで」
ティアは手を伸ばし、少女の黒髪をしずしずと撫で下ろした。
少女は、気に入った飼い主に撫でられた猫のように目を細くした。
「どこかで、そんな気はしていたよ。見たんだね、アレ」
自分が残したホログラム映像を思い出す。
あかりが頷く。
「うん。私達は遺伝子的に揃ったんでしょ? だからさ、何だかこう、出来る気がしたんだよ」
「やっぱり、あかりは賢いね……」
「お前、あの時の娘か」アーガスも立ち上がり、対峙する。
あかりはアーガスを無視する。ティアに微笑む。
「ティア、帰ろ。海明さんも、みんなも待ってる」
「残念だったな! 俺のパラメーターを切り離さない限り、こいつが目覚めることはないぞ!」
アーガスの哄笑。
「こいつの言う通りさ。あたしはもういいんだよ、あかり。案外、こいつとここで話せば楽しいかもね」
ティアが声を絞り出した。すぐに顔を緩めた。
出来るものなら帰りたい。
でも、それを言ったらあかりを困らせる。
「大丈夫だいじょうぶ」
当のあかりはあっけらかんとして、つかつかとアーガスに近づいた。
二人の異世界人が戸惑う中、地球人であるあかりがアーガスの両肩に手を置いた。
「あかり、危ないよ!」
何もない白い部屋にティアの叫び声が轟く。
アーガスは振り払おうとする。
が身体はぴくりとも――動かない。
「は、放せっ」
男の顔が驚愕に染まっていく。
「いいですか? あなたのことはよく知らないし、知ろうとも思いません。名前も別にいいです」
静かな声のあかり。瞳に青い光が差していく。
黒髪は、鮮やかな深紅に。
――あかり、あなた。
「ぶっちゃけあなたが何者かなんてどうでもいいんですよ。ただ私は、あなたがティアを、海明さんを傷つけようとしたことが、それだけが、とっても――許せない」
あかりの両手が青く光る。光はアーガスの身体にしみこむように広がって行く。肩から腕、胸、腰。
「何だ。何なんだ! これは……」
ティアにも説明できなかった。
アーガスのパラメーターにあかりが干渉できている、その事が信じられない。
――綺麗な、赤い髪ね……。
一連の事件があかりの遺伝子を完全に目覚めさせたことは間違いない。多分、彼女は意識的にやっているわけではないだろう。『出来るはず
だ』という根拠のない確信に基づいて行動しているに過ぎない。
「待て、待ってくれ。一体、俺をどうするつもりだ!」
光はアーガスの全身に広がる。
隅々まで行き渡ると光り輝く男の身体が粒子レベルで分解されあかりの両手に吸い込まれていく。
程なく吸収は終わる。
少女は祈るように手を合わせた。
光が消える。
再びあかりが手を開いた時、その掌の上には小さな青い立方体がのせられていた。




