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変質

 続いてあかりに起こったのはブラック・アウト。



 視覚も、聴覚も、嗅覚も、何もかもが遮断された。分厚いシーツで何重にもくるまれたあげく水中に放り込まれでもしたように、一切の感覚が分からなくなる。





 だからいきなり床に放り出された時、あかりは横たわったまま暫く動けなかった。今、自分は意識だけの存在だと思っていた。



 その予想に反してどうやら実体化した。




 感覚は即座に回復する。




 起き上がり見回す。


 何もない、四方八方、真っ白でどこにも終わりのない空間だ。あまりの広さに空間かどうかさえ疑いたくなる。






 立ち上がって自分の服装を確認する。




 真っ白なワンピースに同系色のミュール。髪に手を遣る。軽く束ねてアップになっていた。おまけに髪色は黒だ。

 ――これ……。

 受験の後に渡来の屋敷に帰った時、こんな格好をしたのを思い出す。







 ――私の記憶を元に……。



 再構成された場所なのかも知れない。イメージの具現化。そういう意味ではティアと行った、あのホログラムドームに近い。






 とにかく歩き出す。




 ――あれ? 歩けてる?

 自分の位置が変わっている感覚がない。




 確かに歩く動作をしてはいるが、進んではいなかった。

 一体これはどういうことなのか考えて、そもそも明晰夢じゃないかと思い出す。



 ――そうだ。私はこれが夢だと知っている。意識の世界なんだとしたら。




「そっか。なるほどね」

 思い付いてあかりは立ち止まり、胸の前で両手を組み合わせる。




「まず、この格好を何とかしたい」


 目を閉じる。神にでも祈るような姿勢。念じる。


 ――取り敢えず、この服は恥ずかしいので柄なしの黒Tシャツとデニムでお願いします。





 ゲームのアバターのように、一瞬で彼女の服装が変更される。

 あかりは足元を見る。



 ――っと……靴は可愛いスニーカーを下さい。

 要求通りの靴。満足そうに何度か床を踏みならした。





 この世界は観念的なもの。

 ただ、どんなに捜してもティアの姿は見当たらない。




「ティア、どこ――?」思わず声に出す。

 あかりの姿が、それをきっかけにでもしたように掻き消えた。

















 アーガスを捕らえられるとすればその一瞬だとティアはずっと考えていた。





 巨大財閥である渡来の力を使い、ティアはアーガスの活動、生活を可能な限り制限し続けていた。それは目撃情報をもとに人員を使って付近一帯をしらみつぶしに捜索することだったり、時には公然と指名手配のような行為で彼を追い詰めたりすることだった。彼の居場所は渡来の手から逃れるように刻々と変化した。変わらざるを得なかった。少しでも気を抜けば捕まるという恐怖をアーガスに植え付けた。







 ティアは積極的な捕獲は最初から目指していなかった。むしろ長い年月をかけ、彼を自分の前に出て来ざるを得なくしたのだ。



 彼が魔力を自己生成できるようになっていたのは完全に予想外だった。魔力生成が出来るまでアーガスは根気強く状況に耐えていたのだとすれば恐るべき執念だと言えた。



 


 研究所でアーガスが現れたあの時。

 何もかも、思っていたようには行かなかった。


 アーガスは実体ではなかったし、あまつさえ海明を次の標的にすると宣言したのだ。




 ティアはアーガスを止めようと必死だった。海明を傷つけさせるものか。手首を握った。彼を捕まえなくてはならないことなどすっかり忘れ、今のアーガスの身体は別の男のものだと言うことも一切念頭になく、自らの体内に残っていた魔力の全てを雷撃に変えて叩き込んだ。


 ――お前は絶対、ここで止める!




 ところが思いが強すぎたのか、魔法は変質した。




 雷撃は発生せず、代わりにアーガスのパラメーター・セットがこちらに流れ込んできて、取り込んでしまったとティアが気付いたときにはもう遅かった。


 アーガスのパラメーターがティアの体内に同居し、再分離は不可能だと瞬時に悟った。




 でも、それでもいいかと思った。



 アーガスを止める。

 海明を傷つけさせない。

 あかりも、傷つけさせない。


 その願いは果たされた。


 心残りがあるとすれば。






 もう二度と、海明にもあかりにも会えないことだった。

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