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触れる

 ティアの病室。


「海明さん!」


 うたた寝の中にいたのか、ベッドサイドで椅子に座る海明がはっと顔を上げた。

「あ、あかり?」

 少し疲れ気味の顔だ。





 あかりはスライドドアが背後で閉まる音を聞きながら彼女の手を取った。そのまま、自分の頬に当てる。




「あのね、海明さん。私ね」

 あかりはさっき、ティアのホログラムから教えられたことを伝える。






「遺伝子的に組み替わったって言うの?」

 それがどういうことに繋がるのか分からず、海明は戸惑った顔で呟いた。あかりは手を握ったまま、ベッドで眠るティアの顔を見下ろした。







「ねえ、海明さん」

「何かしら」



 空いた方の手であかりは真っ白なシーツに触れた。





「私、ティアと一緒になったんだよ。三十年、かけて」

 あかりの髪色は日に日に赤くなり、今や後ろ姿はティアのそれだ。




 だからね――隣で座る海明を見下ろした。





 ようやく言葉の意味が分かって来たのか、海明がちょっと驚いた顔を少女に向ける。






「だから、一緒になったから、ね?」

「ティオに――?」

「うん。多分、出来ると思うんだ」





 今からパラメーターを分離する。






 あかりはにこりと笑った。







「海明さん、いつか言ってくれたよね。もう取り上げられることはない、って」

 高校の卒検に挑むかあかりが迷っていた時に海明が掛けた言葉だ。







 頷く。

「私、あの言葉を嘘にしたくない」

「あかり……」

「だから、取り戻して来るね」




 あかりはティアに向き直る。

 アイデアのきっかけは防犯ビデオの映像だ。





 アーガスの手首を掴むティア。

 ティアが何かをしたと思ったら二人が崩れ落ちた。

 パラメーターをいじったのだとすればあの時。




 では、どうやったのか?

 ――接触だ。




 具体的な方法などあかりには分かるはずもないが、海明から離れベッドサイドに跪き、眠る赤髪の女の右手を握った。

 


 相変わらず冷たい手。




 あかりにとってはとても暖かな手。




 目を閉じる。自己の内から湧き上がってくる力を感じる。途端、あかりの周囲が一段階遠くなった。まるで触れた手からティアの力が流れ込むようだった。途轍もない集中力の高まりがあかりを包み込んでいく。







「あかり……あなた、一体?」

 海明の不安そうな声。




 その声にあかりは返事をしない――出来なかった。



 



 ぬかるみに足を踏み入れたようだと思った。ずぶずぶと、意識がゆっくりと沈み込んでゆく。海明の声が先程より更に遠くなる。幾重にも立てられたパーティションの向こうから聞こえるようだ。




 周囲の気配は言うに及ばず。もう、虫の羽音並みに小さくしか聞こえなかった。









 ――海明さん、行ってくるよ。





 知れず、あかりは呟いていた。




 ――きっと、ティアを起こすよ。


 言葉をきっかけに、意識のリンクが現実から離れる。 

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