涙とメモリーカード
海明を見送った後、あかりはティアの部屋に戻る。
何となくデスクチェアに座ってくるりと一回転する。いつもより勢いをつけて。
かたん。
デスクチェアの肘掛けが机の抽斗に当たった。気になって開けてみる。
中にはティアの誕生日にあかりと海明がプレゼントしたペンダント型のホログラム投影機があった。それを取り出すと、スイッチを入れてみる。
ドライバーは起動しない。
ペンダントを裏返してみるとメモリーカードが挿さっていなかった。
――どこだろ……。
カードを探すため抽斗の中を引っ掻き回す。大量の書類の束をかきわけた。雑多に入っているアクセサリーやヘアゴム、それらを一旦外に出してカード探しを続ける。躍起に手を突っ込み、ひっかき回した。
――ティア、どこにやったの?
――ああ、ティアがここにいれば。
――すぐにでも、訊けたのに。
ぱたっ。
――あれ……?
不意に溢れ出た涙が抑えられず、視界が曇っていく。
――あれれっ?
ぱたたっ。
慌てて涙を拭う。止まらない。
あかりの中の色々な感情を巻き込んでそれらと一緒に流れ落ちていく。
――どうしよう、止ま、止まんない……。
散々引っ掻き回した抽斗にぱたぱたと落ちる。
――ティア……。
「戻って、来てよ……」
あかりはその場に崩れ落ちる。最中、身体を支えようと手を伸ばした時、引っ張った抽斗が外れてしまう。
「あっ」中身がひっくり返り床に散らばる。
泣きながら、散らばったものを集めようとしゃがみ込む。
指先に触れたのはメモリーカード。
あかりがティアにあげたのとは違うものだ。
――これ……?
それを挿し、スイッチを入れる。
低い起動音。ペンダントから放出されたホログラム用の粒子が大気に舞い上がり、電荷を与えられ、メモリーカード内のデータを元に像が結ばれる。
投影されたのは、ティアだった。
『あかり。えー、今日はあなたに話すことがあります』
ペンダント上のティアはデスクチェアに座っており、この部屋で撮影されたようだった。
ティアはゆっくりと語り始めた。
あかりは一度死んでおり、その際、ティアの持っていた道具によって生き返ったこと。結果あかりの遺伝子が組み変わってしまい、実質別人になってしまったこと。遺伝子の組み変わりに三十年という時間がかかってしまったこと。
ティアは自分を異世界人だとも言った。長命であり、あかりも遺伝子が組み変わった結果そうなったはず、とも。
あかりは思わず自分の髪に触れる。
もう、かなりティアの色に近くなっていた。
『信じて欲しい。あなたが目覚めて、あたしはすぐにでも本当のことを言うつもりだった。でも、一緒に暮らすようになって、あたしはあなたが本当に可愛くなった。とてもとても、愛しくなった』
あかりは小さなティアを一心に見つめる。
『素直なあなた、意地を張って膨れっ面のあなた、笑い転げるあなた、あたしを見つめる、あなた。いつの間にか全てのあなたが――あたしの全てになっていった』
思い詰めた顔。徐々に、声を震わせていく。
『そうなる程に、本当のことを言うのがどんどん怖くなっていった。あかりに本当のことを話してどんな反応をされるのか。あたしを嫌いになるんじゃないか、恨まれるんじゃないか、ひょっとしてあたしは余計なことをしたんじゃないのか、ずっとずっとずっと、ずっと怖かった』
俯く小さなティア。
『あかり、ごめんね。今までちゃんと言ってあげられなくて。ほんとにごめん……ごめんなさい……』
泣いているようだった。
『――ティア、来たわよ――』
海明の声がしてホログラムは乱暴に切られた。
あかりは長く嘆息する。
――馬鹿ね……ほんっとに、馬鹿なんだから。
「あなたを嫌いになれる訳、ないじゃない……」
あかりは床に座り込んだまま、顔を両手で覆って、動けない。
ティアは、あかりにどう思われるかが怖くて言えなかったのだ。言えなくて、それでもどうしようもなくあかりが愛しくて。
――ティア……。
水を掬うように、床に置かれたホログラム投影機を両手で持ち上げる。そのまま胸に引きつけてぎゅっと抱き締めた。頭の中では今の話がぐるぐる回っている。遺伝子が組み替わったとティアは言っていた。あかりが先日、あの男を倒した力もそこから来ていたのだろう。
――じゃあ私は……貴女になったって、ことなの?
ふらりと立ち上がる。
――あ、だったら。
ティアと遺伝子が揃ったのなら、出来ることが増えたはずだ。
勿論、あかりに詳しいことが分かった訳ではないし、はっきりと何かを思いついたのでもない。強いて言うならインストールしたばかりの新しいアプリケーションを初めて触る時の、あのちょっとした手探り感だ。
ぼんやりと、あかりの頭に一つのアイデアが形を成す。
――ひょっとして、出来るかも?
胸に抱えていた投影機をスカートのポケットに大事に仕舞う。ティアをこのまま失えない、失っていいはずがない。
『あなたはもう、取り上げられることはない』
いつかの海明の言葉を思い出し、それを嘘にしたくないとも思った。
「私だって、ティアが大事だよ」
あかりだけではない。海明も、他の皆の思いも同じだ。
「ホログラムだけじゃ嫌だよ。きちんと直接、説明してもらうんだからね」
頭に浮かんだアイデアを試す価値はあるはずだ。
ティアの部屋を出て、あかりは走り出す。




