ティアと暮らす
七月。
あかりが花束を受け取ると玄関ホールは拍手に包まれた。ちょっと照れながら、皆に向かって軽く頭を下げる。
「おめでとう」石田に声を掛けられる。
「ありがとうございます」
玄関ホール前で待っているティアを見つけると小走りで駆け寄る。
ティアは今日、仕事を休んでいるのでグレーのジャケットに白のTシャツ、ジーンズというラフな格好だった。よく見るとメイクも薄い。あまり身なりに気を使わないのだ、と前に言っていたのを思い出した。
「おめでとう、あかり」
振り返ると、石田と看護師達がまだ拍手をしている。ホール前はロータリーになっていて、タクシーが客待ちをしている。その中の一台に近寄ると、扉が開いた。ティアが先に乗り込む、あかりは車内の彼女に花束を渡しながら、身を屈めて後に続く。
奇妙な車内だった。何が違和感なのか、考えて思い当たる。
運転席がない。それどころか、運転手もいない。向かい合わせに前後、三人ずつ座れるようになっている。
「そうか、こう言うことか」
その呟きにティアは一瞬きょとんとしたが、すぐに。
「ああそうね。これがそうよ」
「未来、すげー」
「そんな大げさな」
「いやいやいやいや」
その応答にティアは笑って、車内のスピーカーに向かって目的地を告げた。ドアが閉まり、タクシーは音もなく滑り出す。後部座席から振り返ると、遠ざかっていく病院が見えた。
「長かったなぁ……」
思わず呟いていた。ティアは何も言わない。大半の記憶はないにせよ、長い、とても長い時間をそこで過ごしたことは間違いない。
「これからの方が長い、よね?」赤髪の女性に目を向けた。
「そうね。そのはず」ティアが笑う。
車窓の街並みがあかりの視界を埋めていく。周辺の車も、殆どが自動運転のようだった。時々ドライバーが乗っている車もあるが、それは運転を趣味にしているような感じに思われた。記憶にある街並みより緑が多い。ただ、高層ビルは更に高層化しているようだ。
街行く人たちはそれほど歩きながらスマホをしていない。入院中にティアに教えてもらったのは、スマートグラスが流行っていること――眼鏡型のスマートフォンで、よく見ると何もない空間にしきりに指を突きだしている人が結構いた。眼鏡越しにはスマホの画面が見えているのだろう。
「あかり」
窓外の景色を興味深く眺めていたあかりはティアの声に振り返る。差し出されたものを受け取ると、それは新品のスマートフォンだった。
「連絡用ね」
「……あれじゃないの?」
受け取りながら窓の外の、スマートグラスを掛けているサラリーマン風の男を指さす。
「ああ。あれはね、操作にコツが要るからおいおいね」
「えー」
「贅沢言わない。まずはそれから始めて」
確かに、いきなりあれをを渡されても扱える自信はない。
「とりあえずあたしの番号とメールアドレスは入れといたから」
「うん、ありがと」あかりはスマホを手持ちの鞄に仕舞った。
「あれ? 使ってみないの? 最新式だよ」
「外、見てる方が楽しい」
ビルの中層あたりに広告用の巨大なモニターが取り付けられている。それが色とりどりな何かを、ずっと宣伝している。曲げられるほど薄く軽いディスプレイはとっくに開発されていて、今やビルに取り付ける大きなディスプレイでさえ、紙のように軽いものが採用されている。とうぜん、あちこちに立体映像による広告も見られた。あかりには、それがどうやって飛び出ているのか見当がつかなかった。ディスプレイの枠から大きくはみ出しているものもあるのだ。
「そういえば、地震はどうなったの」
「ああ、巨大地震がくるって奴ね、まだよ。予測なんて当てにならないものよ。まあ流石に備えは済んでるけどね。何より、エネルギー事情が違うから。原子力は、もうない」
「あ! そっか、そんなこと言ってたね」
原子力は二十年前に完全に廃止された。変わって、渡来財閥が開発した全く新しいエネルギーが全世界にわたって採用されている。海水からエネルギーを取り出せるようになったらしい。生成に原子力のようなリスクがなく、廃棄物もない。
「すごいねぇ……世の中には天才っているんだねぇ」
やがて、目的地に近づいた旨のアナウンスが車内に流れ、タクシーはそこから暫く走行して、停車した。
「さああかり、ついたわよ。今日からここがあなたの家」
場所は郊外にある三階建の一軒家。
「……宜しくお願いします」
タクシーを見送ると、ティアに向き直って頭を下げた。
「こちらこそ宜しくね、あかり」
門扉をくぐり、家に入る。




