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乗っ取り

「ティア、来たわよ」

 研究所に着き、自室にいるとノックと同時にドアが開き、海明が顔を出す。



 少し一人にして、と言うティアに従い、あかりは別室で待機中だった。







「い、いま行くよ!」

 ちょっと慌てた様子でティアは机の中に何かを仕舞う。




「ん、どうしたの」

「いやいやいやいや、何でもないない」

 急いで笑顔を作ると、眼の辺りを軽く拭う。





「――泣いていたの?」

「う」

「大丈夫なの?」

「うん、大丈夫よ。それより、来たんでしょ」

 ティアは立ち上がる。









 分析室に運び込まれてきた例の男は大事を取って拘束の上、眠らされていた。





 外側から厳重なロックを施し、屈強な警官二人が万が一に備えて男の側に立っている。






 ベッドに寝かされている男を、マジックミラー越しにティアは複雑な感情で眺めていた。男はかつて、あかりを轢いた。あまつさえそれを一方的に逆恨みして三十年も経ってから彼女を拉致した。恐らく――殺すつもりで。


 ――ただ、実際の犯行に走ったのは。


 本当にこいつの意思だったのか、疑問が残る。



 マジックミラーの前にあるデスクに笹崎と並んで座る。


「笹崎君、解析終わってるかな」

「こちらです」笹崎からタブレットを受け取る。

 一瞥してティアは眉をひそめた。






「うん、予想通りと言うか、何と言うか……」

「相当いじられてますね。腕力、脚力、凶暴性、その辺りのパラメーターが大幅に基準超過です。それと、これ――」

 笹崎がティアに、ポリ袋に入った警察の証拠品を渡す。







「警察の人が言うには、一種の妨害装置だそうです。磁場だかなんだかを歪めて、カメラに写らなくするとか」





「……ん? 壊れてんじゃん」ポリ袋を振る。

 中に入っている物には、あからさまな焦げ跡がついていた。






「ああ、何か強烈な電荷によって破壊された、って」

「あ、ああー。へ、へー……そうなんだ」

 ティアの雷撃によって破壊されたそれは、腕輪のような形状(かたち)をしていた。






「あと……」笹崎はタブレットを切り替える。

「このパラメーターなんですが……偶然見つけて」

 示されたのは見覚えのないパラメーターだった。





「ちょっと、これは……」

「こんなのありなんですかね」

「どうやって見つけたの」

「いや、偶々(たまたま)ですね。検索していたら見つけました」





 人体にある全てのパラメーターには名前が付いている。大体は『肺』、とか『心臓』などの判りやすい名前が付いている。

 笹崎が示したパラメーターの名前は。






「『支配』って、要するに相手を支配できるってことなんですかね」

「うーん……どうなんだろ。こんな抽象的な名前付きパラメーターは見たことがないからなぁ」

 このパラメーターが仮に触れた相手を支配できる、と言うものであるならあかりが音もなく連れ去られていることにも説明が付く気はした。いずれにせよ、パラメーターの創成(クリエイト)などティアには出来ない――。







 ――あいつ(アーガス)だよな、やっぱり。

「副所長、どうしますか」

 ティアは腕を組んだ。




 基準を越えているパラメーターを元に戻し、『支配』と名の付いたパラメーターを削除――それで、男は元通りになると思われた。



 マイクを取って向こうのブースに呼びかける。






「お巡りさん。今から男を治療します。それによって目を覚ますと思いますが、その時は対処をお願いしますね」





 警官は頷く。

「よし、笹崎君。やろうか」笹崎はキーボードを操作する。

「腕力、下げます」

 ティアは修正後のパラメーターを見て、OKを出す。






「脚力、下げます」パラメーター確認。頷く。

「暴力性、下げます」

「はいよー」





 次に『支配』のパラメーターを削除しようと笹崎がコマンドを準備し終わる。

 ばね仕掛けのように、男が突然身体を起こした。警官達が慌てて男を拘束するため両脇から男の腕を押さえる。男に触れた途端、膝から崩れ落ちた。





「なっ」ティアは立ち上がって向こうのブースの奥を確認する。警官が二人、気絶して転がっていた。





「大丈夫ですか! どうしたんですか?」マイクに叫ぶ。男がこちらに向けて右手を突き出した。





 それは、ティアの後方に向けて。





 どさっ。






 物音がして振り返ると、笹崎が倒れていた。

 慌てて駆け寄る。

 息はある。気絶しただけのようだった。





 ――くそ、こう来るのか。






 ティアは仕切の向こうを振り仰ぐ。男がベッドから降り、マジックミラーの前に立っていた。目元には理知が宿り、表情には余裕があるようにさえ見られた。





 ティアには分かった。







 ――中味が、変わったな。






 元々の轢き逃げ犯の人格を押し遣り、たったいま何者かが乗っ取った。




 即ち、それが。








 そいつは、にやりとした。

 ブースの間にはまっているマジックミラーを睨みつける。

 まるで鏡の向こうが見えているかのように、視線はティアを真っ直ぐに捉えた。






 男が口を開く。



 ティアがかつて聞いたことのある、声で。






「お久しぶりですね――ティアさん」

 笑みが深くなる。

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