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親愛

 海明から渡されたバスタオルを頭から(かぶ)り、ティアは現場となった家の前で座り込んでいた。



 あかりは先ほど救急車で搬送された。犯人の男は気絶したまま警察に拘束された上で担架に乗せられ、パトカーの護送付きで病院に向かった。





 現場の周辺には赤色灯を回した数台のパトカーが停められており、報道関係者、野次馬で騒然としている。いま、ティアのいる辺りは規制線の内側で、それらの喧噪とは少し離れている。





「……お疲れさま」

 海明に差し出された缶コーヒーを受け取る。もうすぐ春が終わるこの時期、夜も暖かい日が増えている。冷たい缶を予想して恐る恐る受け取った。





「あ、ホット。ありがと」

「いえいえ」と海明はティアの横に座る。



 彼女も同じ缶コーヒーを持っていた。




 ティアは缶を開けてひとくち啜る。甘ったるい味が今は有り難かった。





「……あぁ、沁みるわあ」

「良かったわね」

「うん。良かった」

「あかりが無事で」

「……もう少し早ければあんなに怪我をさせずに済んだ」

「皆で頑張った結果よ。間に合ったのだから贅沢を言ってはいけないわ」




 ティアは被っていたバスタオルを取ると、首に掛け直す。

「そうなんだけどね。あたしはあかりに申し訳ないよ」

「なら、後でちゃんと話をしなさいな」

 ティアは頷く。




「あれ、他の皆は?」

「藤野さんは別の車で病院に向かってるわ。笹崎君は研究所で後片付け。鈴見さんはさっきの救急車に付き添っていったわよ。あなたこそあかりに付き添わなくて良かったの?」





「うん……ちょっとね」

 コーヒー缶を手で弄びながら声のトーンを落とす。




「あかりに付き添うのは、すずみんがいいと思ったの」

「なにそれ」

「いや、だって、ちょっと気まずかったし……」

 海明のため息。




「呆れた。あなた、まだそんなこと言ってるの?」

 ティアは救急車に乗せられるあかりを思い出していた。既に意識がなく、救急隊員の呼びかけにも答えない。晴子が焦った顔で一緒に行くと言い出したため、ティアはその場を譲ってここに座り込み、今に至る。 



 実は渡りに船だった。


 あかりを救出できてほっと息をついた途端、何とはなしに気まずさを覚えた。



 ――あたし、ちゃんと謝れるのか?



 改めて考えると勇気が出ない。

 怖気づいたティアは『一旦、回避』を選んだのだった。




 

「……ところで」

 缶コーヒーを飲み干した海明がティアを見た。




「どうやってここまで来たの?」

「おおー。それ、気にしますか」

「当たり前でしょ。何処の世界に車やバイクより速い手段でこんなところまで来られる人間がいるのよ。研究所からどれだけ離れていると思っているのかしら」




「やー。それはまあ、ね」

 ティアは頬を人差し指で掻いた。

 それを見て海明はこれ以上問い詰めるのを諦める。ティアが答えをはぐらかす時の癖だったからだ。





「ふうん。私たち長い付き合いだけど、あなたってまだそんなところがあるのね」




「いいでしょ? 秘密のあるオンナ」

「何でどや顔なのかしら――はあ、まあいいわ」ティアの頭を掴んで、乱暴に撫でる。




「ちょ、ちょっと、海明、やめて。ノ、ノン……?」

 がば、と出し抜けに海明に抱き締められる。余りの力強さに一瞬息が止まる。




「ティオ、あなたが現場に突入したと聞いて心臓が凍ったわ。どうしてそんなことをしたの? あなたがもし、死んだら」



 言葉に諧謔(かいぎゃく)の気配はない。




「ごめん」ただ一言、真摯に。






「兎に角、あなたが生きていて何よりよ」

 ハグから開放する。





「うん。あたしもまた海明に会えて嬉しいよ」

「ところで、今度無茶したら、私があなたを殺すからね」

 ティアを睨みつける。

「分かった?」

  

 ティアは、それが彼女なりの親愛の言葉だと分かったし、こんなにも自分を心配してくれる奴はきっとこいつしかいないな、と思って、自然と口元が綻んだ。



「うん。じゃあせいぜい、死なないように頑張るね」







「ええ、お願い」



 海明は、気が晴れたように微笑んだ。


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