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迸れ

 帰り道。

 あかりは校門をでたところで電話をかけている。




「とにかく、今日はもう迎えはいいから。歩いて帰るね」

「こ、困りますお嬢様。私が叱られてしまいます」

「ごめんなさい。どうしても一人で帰りたいのよ」

「お嬢様、それではせめて駅からは――」



 あかりは食い下がろうとする藤野の言葉を最後まで聞かずに電話を切った。

 父からの命令でもあるのか、車の送迎を断るのにはいつも苦労する。



 あかりは心の中で呟く。


 ――そんなに心配なんだったら普段からもっと優しくしてよね。





 最寄りの駅までゆっくり歩いて帰る。


 交差点の手前で信号が赤になって立ち止まる。

 仲直りのためにネクタイでも買って帰ろうと思いながら、信号が青になるのを待った。




 ぢりりっ。

 灼けるような熱さを感じた。思わず右手で首筋を押さえる。その方向を見る。道路から大きく外れ、猛スピードでこちらに突っ込んでくる乗用車が視界に入った。逃げなくてはいけないのに、恐怖に硬直した身体は――動かない。



 ――逃げるんだ、あかり!


 父親の声を聞き、身体の動くようになったあかりは逃げるため横に飛ぼうとする。




 運転席に座る男と眼が合った気がした。

 ハンドルを握る男の眼には何の感情も()かれておらず、ただただ突っ込んでくる。まるで、あかりがその場にいることが悪であるかのように。

 激突の瞬間。



 男の眼が、見覚えのあるものだと気付いた。






 意識が戻った時、男はいなかった。

 あかりは手当もされないまま転がされている。

 身体のあちこちから痛みが上がってくる。顔をまた殴られたのか、新しい血の臭いがした。

 息が荒い。それは、自分の身にいま起きていることでそうなっていると言うよりも、過去に起きたことへの恐怖が蘇っていた。




 ――私は、あの男に。

 かつて、殺されかけたのだ。





 ――今も、殺されかけている。

 この状況はどういうことだと考える。





 ――何故、私が?

 あかりが男に復讐するのならまだ筋が通る。



 苦労しながら身体を起こした。






〈あいつの所為だ!〉

 出し抜けに男の声が頭に響いた。




 ――?

〈あいつがあんなところにいなければ、俺が轢くこともなかったんだ!〉





 ――何? 何だって?

 流れ込んでくる声。理解が追いつかない。まるで心の叫びを受信しているようだ。





〈そうすれば懲役を食らうこともなく……!〉




 ――そんなことで?

 冗談ではない、そちらが何年懲役になったかは知らないが、こちらが失ったのは三十年だ。怒りに震える。





 ――私はお父さんと喧嘩したまま、もう会えないんだぞ。


 それは、男にとって何ら悔いることではなく、ただの不運だったとでも言うのか。自分だけが一方的に不幸を(こうむ)ったとでも?




 ――どうして、私が……そんな奴の為に。


 言い知れぬ不気味な理不尽さが込み上げてくる。







 がちゃり。

 再びドアが開けられ、男が入ってくる。


 うつ伏せだったあかりは顔だけ上げて男を睨みつけた。




 いま聞いた声が本当ならひどい逆恨みだ。



 涙が出てきた。こんな逆恨みのために死ぬわけには行かない。

 そうではあっても男に対抗する手段がない。

 やられるだけだ。

 それが堪らなく悔しい。





 ――こんな奴の為に?

 涙が止まらない。



 と同時に、怒りが湧き上がってくる。




 怒りは燎原(りょうげん)の火のように瞬く間に全身を包み、更に燃え上がった。





 ぞわ。





 ――ふざけないで!




 ぞわわ。





 身体が痺れるような感覚を覚えた。


 じわじわと、石に水が染み込むように(ちから)が湧き上がる。




 あかりの眼が(あか)(きら)めいた。

 腹の奥に生まれた熱が高揚感をもたらす。



 ――これは。





『そう出来る気が』した。

『足りている』と、思えた。

 あかりは男の顔を睨みつけた。





「何だその眼は! お前、何だ!」叫びながら男が近寄ってくる。





 ――お前こそ!

 いま念じれば『それ』を起こせる確信があった。

 突き動かされるように少女は叫ぶ。





「吹き飛べ!」

 身体が閃き、何かの「圧」があかりの前に生まれ、男に猛スピードで襲いかかる。




「あぁっ!」

 男は凄まじい力で弾かれ、ドア側の壁に叩きつけられた。





「がっ!」

 衝撃でドアが破れ、男は床に落ちた。気絶したようだった。





 ――い、今の、は……?



「あかり、大丈夫かっ!」

 不意に懐かしい声がして誰かが部屋に駆け込んで来た。





「ティ……ア……?」

 あかりの全身状態を知って、ティアが言葉を失う。

「おい、あかり! しっかりしろっ」



 幻にも見えたティアはその瞬間本物なのだと理解する。



 ティアはあかりに駆け寄り、拘束を工具らしきもので切ると、彼女を抱きしめた。





「遅くなってごめん。こんなに傷ついて……痛かったよね、間に合わなくてごめん、もう大丈夫、大丈夫だよ……あかり、あかり――あかり!」

 後半は言葉にならなかった。



 ティアは嗚咽を漏らし、ただ抱きしめる。



 あかりは声が出せず、ティアを抱きしめ返そうとした。

 力が入らず、ティアの背中を力無く撫でるだけだ。

 仕方なく、あかりは心の中で囁いた。





〈ティア、私もごめん、ごめんね……〉

 驚いてあかりの顔を見る。




「いま」――心の中に直接。





 刹那でティアは全てを理解する。

 ――そうか。



  

 振り返る。ドアのそばで気絶している男が何者かは不明だが気絶させたのはあかりだろう。

 今の感応波も、あかりが無意識に発したもの。

 ――あかり、あなた……。





 よく考えてみれば、この事態は予想されて然るべきだった。三十年かけて組み替えられた遺伝子。



 その遺伝子の中には当然にティアの能力も含まれる。

 もう一つの可能性にも気付く。多分、あかりは。





 ――魔力、作れるんだね。

 こちらの世界で生まれた人間だからなのか、少ない魔力の(もと)を取り込んで増幅し体内に蓄積できるようだ。





 あかりをもう一度抱きしめる。彼女は既に腕の中で意識を失っているようだった。

 遠くからサイレンが聞こえる。

「ううっ……」

 呻き声がして、男が意識を取り戻しかけているのが見えた。

 ティアは右手をかざし、男に向ける。

 水筒でチャージした魔力すべてを収斂させる。



 ――誰だか知らないがよくもやってくれたな。




 一時の集中の後、ティアが魔法を起動する。

「迸れ――稲妻」



 赤い髪の異世界人の右手から、青い稲妻が放たれた。




 男は青白く輝き、断末魔の叫びをあげ再び気絶した。

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