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心とは裏腹に

 窓を閉め切った部屋でも夜になったと分かった。家屋の壁を通して感じられる気配が静かになった気がする。



 男がいないうちに立ち上がることに成功した。


 何度も転んで、そのたびに感づかれないかと冷や冷やした。カーテンをめくってみたが、雨戸が閉まっており外は見渡せなかった。また、鍵も見あたらず、窓も開けられなかった。ガラスを割り、雨戸を開けられるか試そうかと思ったが、やめた。物音に気付かれ、無用な男の怒りを買うだろう。



 ――どうしようか。

 立ち上がったまま部屋を見渡してみる。


 窓は一箇所のみ。



 外につながっているドアは当然施錠されている。分かったことはここは二階以上だということ。さっき男が出ていった時、階段を下る音を確かに聞いた。


 ドアに耳を押し当てて階下の物音を聞いてみる。微かな物音がする。男の歩き回る音だろうか、床を踏みならすような低い音。誰かと電話で口論しているような、一方的な声。

 ――俺の中から出て行け!

 ――指図をするな!

 誰と話しているのか、非常に苛立った声。



 あかりはドアのそばの壁を背にして凭れ掛かる。



 足は拘束されている部分から僅かに血が滲んでいる。



 握り合わされている自分の両手を見ると、こちらも手首の部分が擦れて、皮膚が破れそうだった。




 殴られたところもじんじんと痛み、腫れ上がっている。



 自分の置かれている立場がひどく危ういことに、不意に心が折れそうになる。


 ――何でこんなことに。




 男が階下から上がってくる。



 あかりはドアが開けられるのを待った。




 すぐに鍵の外れる音がしてドアがゆっくりと開けられる。




 男が顔を出す。あかりはその横顔を目前に見る形になる。組み合わせた両手を限界まできつく握り、(ちから)一杯その横顔めがけて振り下ろした。





「ぐわっ」

 あかりの拳が男の顔にめり込む。


 怯み、前に倒れ込む。




 もう一度拳を振り下ろす。掴まれ、防がれる。男はそのままあかりを片手で持ち上げていく。


 ぎりぎりと軋む音。



 ――何て、力……。


 どう考えもこんな力が目の前の、大して筋力のなさそうな男に出せる訳がない。現実が信じられなかった。



 あかりは、足が完全に浮き上がるほど高く持ち上げられる。





「この野郎……」

 男はそのまま、あかりを部屋の反対側の壁に投げつけた。

「ああっ」

 重い衝撃に呼吸(いき)が止まる。





 すかさず距離を詰めた男があかりを蹴る。一発、二発。





「逃げようってか、ああ?」

 あかりは咄嗟に身をよじって、蹴りの衝撃をかわそうとする。




「ふざけやがって、こいつっ、こいつっ!」

 何度も何度も蹴りつけてくるのを必死で防ぐうちに、急速に意識が縮んでいくのを感じる。

 駄目だ、逃避するな。私は、生きてここから。




 心では抵抗の意志を。

 意識は裏切る。消えていく。





 ――ごめん、ティア。私、駄目かも……。


 かそけく呟いた。

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