未来を創る
渡来の社長室で、晴臣とティアは話を続けている。
晴臣は絶望の表情から我に返った。自らを鼓舞し、変更不能な現実に抗するように。
「三十年後だと? つまりそれまであかりは目覚めないってことなのか? ――悪い冗談はやめてくれ!」
彼にしては珍しく声を荒らげる。ティアは三十年後の晴臣の年齢を計算する。その時、生きていれば――八十四歳。生きていられる可能性は当然ある。なれど、先のことは不透明だし楽観できる年齢でもない。
――いや、どちらかと言えば。
ティアは俯いたままで顔を上げない。
激昂している晴臣に恐怖して声が出せないのではない。
無言のままでいることで、肯定の意思を表している。
「――ほんとう、なのか」
晴臣の問に続く長い無言は肯定。
「そう、なんだな」
膝の上で拳を握り締め、男は震えた。
やがて、受け入れたくない現実が絶対に目の前にあり続け、どうにも動かせないことを知る。
渡来の金を、力を、どれほど使っても可能にならないことはあって、晴臣はそれを痛いほど正しく理解していた。
ふー、と息を吐く。
「二〇五二年か……長生きしなくてはな」
顔を上げティアは、微笑さえ浮かべている男と目が合った。
ティアは次の話題に移れると判断する。
「気になっていることがあります」
「何かな」
返ってきた声音はもう、いつもの晴臣だった。
「これから、あかりさんの遺伝子は完全にあたしと同じになる。調べた限りでは容姿は変わらないようです。ただ、申し上げにくいのですが娘さんは――」
「老いないのか」
ティアは頷く。
「そうです。でも、このままではあかりさんは目を覚ましても辛い社会が待っているかも知れない」
何かに思い当たったように渡来HDの総帥は天井を仰いだ。
「ああ、そう言う話になるのか」
「ええ、そう言う話です」
ティアは晴臣に渡来の資金を使ってこちらの世界の技術を再現しないか、と言われたことがある。遥かに進んだ技術でエネルギーシステムを変え、環境を保全し、持続的に発展していく社会に作り変える。それによって地球の温暖化、ひどくなる一方の気候変動を食い止める。
彼女が目覚めた時、壊れかけの世界では可哀相だ。せめて、三十年と言う時間を少女から奪うのであればせめて少しでも、良い未来を。
「と言うことで晴臣、このシステムを実現してください」
タブレットを操作して図面を表示し、彼に見せる。
「これは?」
「簡単に言うと、空気から電力を取り出せるシステムです」
「何だと」
晴臣が目を剥いた。分かってはいたことながら、のっけから出鱈目な技術だ。
「まあ、理屈は追々。これによって原子力や今の発電システムをやめれば環境にも良いこと請け合いです」
「了解だ。うちの連中で対処させよう」
「あと、これもお願いします」とまた別の図面。
「うむ。これは?」
「極小で超大容量の蓄電池。五分の充電で電気自動車を何千キロと走らせられる。これでエネルギーを効率的に安く提供出来るようになるはず」
残りのテクノロジーは時期を見て、とティアは言った。これ以上は世界が驚きに耐えられないのだと。社会がパニックを起こさないように、緩やかに慣らしていく必要があるとのことだった。
晴臣はタブレットをテーブルに置く。
「で、これらを人任せにして君は何をやるんだ。研究所の件はどうなった」
「取り敢えず、私と後一人で始めます。皆凪海明、と言う女性なんですが、その女性と、ですね」テーブルからタブレットを取って、何かの文書を見せる。
文書に目を通した晴臣は唸る。
「本当にこんなことが可能なのか」
「ええ、まだ基礎理論だけなので、実現には長い時間がかかると思いますけど」
「人体を、パラメーター化……?」
「で、そのパラメーターを修正すると実際の人体も治せる、と言うところがポイントですね。娘さんが事故に遭ったあの日、このシステムがあれば一時的にでもあかりさんを死なせずに済んだ。だからあたしは、これをやりたいんです。もう誰にも、無為に死んで欲しくない」
「ああ、そうだな」
晴臣は立ち上がって窓際に歩いていき、静かに、良く通る声で言った。
「あかりのためにも、後の世の為にも、必ず世に出してくれ」
「約束します」
背中に、ティアが声を掛けた。
「この世界を、あかりの為に、か……」
彼は窓際から、じっと外を見下ろしている。
「そう出来るなら良いことだ。とは言え三十年か、やはり、長い。長いな」
改めて呟いた。
その後、三十年と言う時間を噛み潰そうとでも言うのか、長い間、黙り込んでいた。




