カラス
時刻はそろそろ夕暮れ。
会議室の窓から差し込む光もオレンジ色に染まっている。
「もしもし、あたしあたし。いきなりで悪いんだけどさ、この前の貸し、返してくんない? え? またまたぁ、とぼけちゃってぇ……そうそう、それよそれ。あ、いいの? え? 全台貸してくれる? いやあ悪いね」
先程から、ティアは色々なところに休みなく電話をかけている。
「相変わらずの謎人脈だわ」
海明が呆れたように呟く。
「……そう、うん。悪いんだけどカラス全部貸して。確か三百台くらい持ってたでしょ。頼むね」
電話を切って、また別のところに電話。
「ハーイ、ティアです。おひさー。いきなりで悪いんだけど、あんたとこのカラス、全部貸してくんない? うん、うん……」
短く言葉を交わす。これが最後の電話だったのか、ティアは顔を上げる。自分を見守っていた全員と目を合わせ、微笑んだ。近くのノートパソコンを引き寄せた。
やがてティアのスマホが断続的に鳴った。メールだ。
画面の内容を確認する。
「それは?」海明が問う。
「ああ、起動コードだよ。よし、これで全部そろったかな。じゃあ、始めるね」――言うが早いかティアは物凄い勢いでキーボードを叩き始める。
同時刻。
外を歩いていた人たちが一斉に空を指さして口々に何かを叫んでいる。
「おいあれ……何だ?」
「えーどうしたの」
「何か、大量に……」
「見ろよ、黒い――ドローン?」
指さす方向。オレンジ色の空を埋め尽くし、大量のミドルサイズのドローンが飛んでいく。
「でも……何か変じゃないか?」
誰かが言うか言わないかの内に、夕暮れの空に飲み込まれるように、ドローンがまるで溶けるように消えていく。
「え? ええ?」人々は一様に首を捻る。
「今のは……なん、だったの?」
何事もなかったのか、空はもとのオレンジ色。
もう羽音も聞こえない。
ドローンがいた痕跡は魔法のように掻き消えていた。
「よし」
ティアの操作が終わったようだ。
メインスクリーンに映像が映る。残りのパソコンにもそれぞれ違った映像が表示される。
「じゃあ皆いいかな」
「ティア、一体何を――」
海明が口を開いた辺りで、スクリーンの表示が動き始める。大きなスクリーンが幾つもに分割され、何かの風景を映し、それぞれが動いている。
「この街にあたしの知らない場所なんてない。隠れているなら見つけだせばいい」
笹崎がふと窓の外に目をやると、黒いドローンが何台も飛んでいくのが見えた。
「ドローン?」
「あ、見た? うん。全部で五百台くらい借りた」けろっと言うティアに全員が目を剥く。
「五百台?」
「今からこの街全部をドローンで探す」
「そんな目立つようなことして大丈夫なの」
「大丈夫、ステルス用の黒ドローンだから」
「黒い……ドローン?」
「そう。背景を自分に映して姿を消せるやつ。通称カラスね」
「そんなもの……」
「あるところにはあるのよ。目立ちたくない時とか夜間飛行がどうしても必要になったりした時とかね。ほら、あたしたちも使ったじゃん、あかりの誕生日の時」
ああ、確かに、と海明が頷く。
「で、今、ここのパソコンで全ドローンからのフィードを受けてる。要はカラスが見たものがここに転送されて来てるんだけど。そんなもの全部は確認できないので、AIを活用します。で、人工知能が怪しいと思った映像がいま表示されているやつね」
「ですが、これでは……」
藤野がスクリーンを呆然と見つめる。切り替えスピードが速く、とてもではないが目で追えるものではなかったからだ。
ティアが力を込める。
「あかりが何者かに誘拐されたのだとして、注目すべきは多くないはずなんだ」
スクリーンを指差した。
「まず、室外は除外。室内でも電気がついていて、窓から中が見えるような家は除外。マンションも同じだね。それから、お店や賑わっているような場所も見ない。探すのは……」
「電気の消えた、閉め切られた部屋、または車。寂れた場所にあって、人影が疎ら」
笹崎がまとめる。
「そんなところだね。因みに、怪しい場所を見つけたらドローンには留まるように指示を出しています。こんな風に」
言うと、ティアはパソコンを操作して画像の一つをスクリーンに大写しにする。何処かの民家の二階。カーテンが閉め切られており、電気も消えている。
「サーモグラフに切り替えて」
いつの間にかインカムを手にしたティアがカラスに指示を出す。
映像が温度を示す赤、黄色、青の画像に瞬時に切り替わる。見ると民家は真っ青で、無人のようだった。
「みんな、お願いね」
ティアが全員にインカムを配る。
「あかりを……見つけて」
一瞬の消沈。
振り払うように声を張り上げた。
「気になる映像があったらスクリーンに出して。始めよう!」




