ああ。
暫く歩いた後、突然目の前が暗くなった。
男に何かを嗅がされたのか気を失ったようだった。
次に眼を覚ますと屋内らしかった。
カーテンが閉め切られている上に薄暗い為、ここがマンションか一戸建てかも判然としない。立ち上がろうとして腕と足が結束バンドで拘束されていることに気付いた。
――ここは……。
壁に背を凭れ掛け、腕と足を前方に投げ出す形で何とか座る。
床はフローリングで、上がってくる冷気を感じた。
部屋にはエアコンが掛かっている。
「目が覚めたか」
冷たい声だった。目が慣れて前方が見えた。男が居た。
目の前に椅子を置き、背もたれの側に足を開いて座っている男。
あかりは驚いたが声を出さずに、顔を上げて男を観察する。
短く切り揃えられた髪には白いものがだいぶ混じっている。
ワイシャツとスラックスは駅で見た時のままだった。
男の顔には皺が多く刻まれており、ここまで歩んできた人生を物語るようだ。
――誰なの、こいつ。
記憶を辿る。全く見覚えのない男だった。
見知らぬ男は勝ち誇り笑う。
「泣き叫んでも誰も来ないぞ」
猿轡をされていない時点で気付いはていた。つまりここは人目に付かず、叫んでも無駄な場所。
「お前は俺のことは知らないだろうが……」
男は立ち上がり、ゆっくりとあかりに近付く。
がっ。
男はあかりを殴りつけた。唇が切れ、血が滴る。
恐怖に声が出せず、ただ男を睨むことしかできない。
「今のはほんの挨拶だ。これから覚悟しておけ」
言い置いて部屋を出ていった。
流れる血が顎を伝う。苦労して肩出拭った。
――ああ。
突然こんなことになって、涙が出てきた。
書き掛けていったんやめたメールのことを思い出した。
――ああ、こんなことなら。
送っておけば良かった。もっとティアに甘えれば良かった。謎が多いとか、それがどうしたと言うのだ。
――あたしを、とても大事に思ってくれていたのに。
ただそれだけで充分だったのに。
――何とかしなくちゃ。
決然と顔を上げる。
何としてもここから出る。謝って、仲直りして、また遊びに行きたい。
――でもどうやって?
スマホは取り上げられている。
何より両手両足を縛られた状態でできることはあるのか。
――でも、諦めたくない。
必ずチャンスは来るはずだ。
あかりはティアの顔を思い浮かべ、呼び掛ける。
――ああ。今すぐ会いたいよ、ティア。




