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受け取ってないよ

 藤野も加わり、属性研の会議室の一室に全員で陣取る。




 部屋は大きな窓のある白い壁の開放的な空間で、前方に大きなプロジェクター用のスクリーン、五台のノートパソコンが並べられている。




「よし、さっきの続きからね」

 ティアは一台のノートパソコンの前に座ると、先ほど見ていた映像を表示する。同時に、起動したプロジェクターがスクリーンにパソコンの画面を映し出す。










「じゃあみんなそっちのパソコンで、順次画像を見ていってよ。で、気になることがあったら教えて。画面を切り替えればそっちのスクリーンに出せるから」

「さっきのメールはどうするの?」と海明。




「うん。今からやる」

 ティアは先ほど使ったものとは別のアプリを起動する。属性研で開発した強力な画像解析エンジンが搭載されたものだ。ちらっと映っているだけのあかりのスマホの画面を極限まで引き延ばし、白い画面だけにする。






「で、ここから……」

 アプリを実行する。並列コンピューティングで人工知能が候補を探していく。





『……リ……は……ご……さい……た……と一……に……ド……ね』

 AIが凄まじい早さで画像を解析して文面の候補を挙げていく。ちかちかと瞬く画面は、まるで古いフィルム映画のようだ。


「凄い。黒い点にしか見えないのに……」

 晴子が感嘆を漏らした。




 次々と文字が浮かび上がって行く。

『フリマ、この前はご……さい。また、悔恨さんと……に、健康……ド……』




「か、悔恨さん?」笹崎が声を上げた。

「きっと私ね」

 海明が言う。確かに字面が似ていなくもない。




「あたしもフリマって何よ。何も売らないっての」




 AIが処理を終え、完成した文字列が表示された。


『フリマ、この前はごめんなさい。また悔恨さんと一緒に健康ランドに行こうね』

 ティアは画面をじっと見つめてから、長く眼を閉じた。




 ――ああ、全く……。

 お互い面倒くさいと思う。




 ――どうして素直になれなかったのか?

 今それを考えても答えはない。

 だからこそあかりを見つけなければと思う。

 それにこんなメールを書いているあかりが、ティアに黙ってどこかに行くわけがない。海明やティアからの電話に出ないわけが、ない。






「で? このメールは受け取ってないのね?」

「ないよっ……」

「泣くんじゃないの! ……じゃあ早く見つけ出してメールを貰わないとね」

 ティアは頷いた。





 ――あかり、何処にいるのよ。

 とは言え客観的に見ればまだちょっと帰りが遅いだけだ。





 何者かに拉致された証拠もなければ、誰かから身代金を要求されているわけでもない。コネを使っても警察を動かすのは骨が折れそうだ。

 何か、いつもと違うことがあかりの身に起きたのなら。





 痕跡はこの画像ファイル群の何処かにあるはずだった。

「ティア様。これを見てもらえますか」

 藤野が見ていたパソコンを、ティアが背後から覗き込む。

 モニターにはあかりの姿を捉えた地下鉄出口の映像が映っている。







「ほら、ここ……」

 藤野の横に並んでモニターを見ていた晴子が、あかりの動きを指さす。





「見辛いな。ちょっとスクリーンに出そうよ」

 笹崎が横から入って、モニターの内容をスクリーンに出す。





「ほら、今のところでございますよ」

「うーん? いや……」

 その困惑顔を見て、よろしいですか、もう一度、と藤野は動画を巻き戻す。





 場面は地下鉄の出口。階段を正面から狙っている防犯カメラの視界にあかりの頭頂が入ってきて、一段ずつ高くなり、やがて彼女の全身が現れる。





 あかりは階段を上がり切ったところでいったん立ち止まって。




「ん?」



 ――呼び止められた?





「誰かに呼ばれたんでしょうか」

「え? でも、誰もいませんよ?」

 晴子がスクリーンに顔を近づける。確かにそこには何も、誰も映ってはいない。





「映っていないとしても、この動作は」

「確かに気になるわね」海明もスクリーンを見ながら首を捻る。

 あかりは右手を少し上げた状態のまま、ゆっくりした足取りで防犯カメラの視界から消えた。






「今のも、見ようによっては」

「誰かに手を引かれて? でも抵抗できるのでは」

「それはまあ、そうなんだけど、ね……」

「ねえ、ここに、ちょうど人間が当てはまる気がしない?」

 海明が画家のようにスクリーンに両手の指で四角を作りながら言う。






「? うーん。どうだろ……」

 ティアは先ほどの画像予測ソフトを操作して、何もない空間にうまく当てはまるようなシルエットを作ってみる。あかりの目線、手の角度、足の運び方、それら全部を加味したものだ。







「……よし。これで、どう?」

 ティアがエンターキーを叩く。

 AIがシルエットの生成を開始し、暫くして完了する。地下鉄から出てくるあかりにその映像を重ねた。




「おお……これは」

 藤野が(うな)る。 


 生成されたアニメーションの青い(シルエット)は自然に振る舞っているように見えた。背後から声をかけ、二言、三言、言葉を交わした後にあかりの右手を(つか)み、そのまま手を引いてカメラからフレームアウト。







「え? え? 誰かいた、ってことなんですか?」

 晴子の質問にティアが答える。

「どうかな。いま確実に言えることは一つだけ。このシルエットには矛盾がない。ここに誰かいたとしてもおかしくない」

 それだけよ――とスクリーンを睨んだ。








「何らかの方法で防犯カメラをキャンセルした?」海明が言う。

「光学ジェネレーターとかですかね」

 周囲の風景を瞬時に取り込んで自身に投影してまるで消えたように見せる、いわゆる『透明マント』は何年も前に実用化されている。






 でもそれなら、と笹崎は言う。

「AIが見つけるでしょう」

「じゃあ、未知の技術ってこと?」

 ティアの疑問には海明が首を振る。





「何とも言えないわね。このシルエットにしても可能性と言うだけだし」

 スクリーンに映し出されているあかりの横顔を無言で見つめる。






「副所長、これ以上は映像がなさそうです」

「もう、何処にもあかりは映っていない?」

「移動中ってこともあるんじゃないかしら? カメラの死角で車に乗せて。だとすると、現時点では見つけられない可能性があるわ」

「うん……そのようだ」

「でも、街から出た形跡もないってことですよね」

 晴子の言う通りだった。






 仮にあかりが何らかのテクノロジーで隠され、何処かへ連れ去られたのだとしても、まだ遠くへは行っていないはずだ。

 逆に言えば、いま見つけなければ発見が難しくなる。









「これからどうするんですか?」

 情況を理解した晴子は不安げに声を上げた。





「質問に質問で悪いけど――すずみんは何かアイデアある?」

「え? えーと……」下唇をちろ、と舐める。彼女が考える時の癖なのかも知れない。





 晴子は考え、言葉を探しながら口を開けた。

「このシルエットが本当だとして、犯人は何処かへあかりを連れ去ったんですよね」

「うん。そうなる」

「でも隠れる必要はあるはずですよね。人間は消えてなくなったりできないですし」

「まあ、カメラには写らないですがね」と藤野。





「う、そうなんですけど。いつまでも消えていられないんじゃないかな、っていうか、あかりまで消せないんじゃないかって。だって、カメラからあかりを消せなかったみたいですし」







 

「なるほど――そうか!」

 突然ティアが大声を出した。





 全員が吃驚(びっくり)してそちらを向くと、彼女は得意気な顔だった。





「そうだよ、人は簡単に消えたりしないし消せもしない。やるね、すずみん」スマホを取り出す。





「隠れているのなら、見つけだせばいい」

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