思い出せればいいのに
今日もティアと口をきけずに家を出てきてしまった。
素直になれと自分を鼓舞するものの、あの日のティアが頭から離れない。
嫌われるのは嫌だ、とあの人は言った。
言えば嫌悪されると本気で信じているようだった。
ずっと、そこに引っかかっている。
――あの時、何があったのか思い出せればいいのに。
病院で目覚めた直後、ティアはあかりに全てを教えると言った。
一旦保留にしたのはあかり自身だ。今、無性に知りたいと思う。
「あ、あかり。おはよう」
駅に着くと、晴子に会った。
「みはるちゃん、早いね」
「一限目に必修があるから、ってあかりも一緒じゃない」
二人でホームに上がる。駅の中は程々の人混みだった。
リモートワークと地方への拠点分散などが進んだことにより、殺人的な通勤ラッシュが緩和されて久しい。
「あかり、この前はどうして海明さんと先に帰ったの」
「いやぁ。海明さんと話し込んでいるうちに、どっかでご飯でも食べようかということになりまして」
晴子は納得したのかしていないのか、曖昧な表情で頷く。
あの日、海明にティアを誘うように頼んだのはあかりだ。
どうにかしてティアに謝ろうと思って、場をセットした。
そのままだと気まずい気がして晴子も呼んだ。
作戦では海明と一緒に化粧品を選んで、それをプレゼントして仲直り。
それなのに後ろのブースで楽しげに話すティアと晴子を見たあかりは、言いようのない感情にとらわれてしまった。
――私と喧嘩しているのに、その顔は何なの?
思い込んだらもう自分ではどうしようもなくて、海明を強引に連れて帰宅していた。
「そっちこそ、どうだったのよ……ティアと」
「いやー。ティアさんはほんと、良い人だよ。いっぱいお話ししちゃった」
晴子はよく見るとうっすらメイクをしている。
「それ、このまえ選んだ奴?」
「そうそう。これ便利なんだよ。マスクにカートリッジ挿して、顔につけるだけでメイクができあがるんだよ。超便利」
「いいメイクだね。よく似合ってる」
「ふふ、ありがと……あかりは?」
「う? うーん、この前はいいのがなくて……」
頭を掻く。
場内アナウンスが入り、ゆっくりと電車が入ってきた。
電車に乗ると二人は空いてるシートに並んで座る。
あかりはおずおずと話し始めた。
「実は、ちょっと気まずいんだよね、今」
「ああ、やっぱそうなんだ」
「う。気付かれてたか」
晴子は車窓に据えられたペーパーディスプレイの広告を見ながら口を開く。
「まあね、そりゃね」
「きっかけは些細なことだったんだけどさ、いま私、ティアに意地張ってる」
「意地かあ。あたしも親に張ることあるなあ」
「へー。みはるちゃんってそんなことしそうにないから意外」
「そこは、あたしだって、色々あるってことよ」
「なんで誇らしげなの」
「へへへ」
「……駄目だなあ私。みはるちゃんはさ、仲直りってどうやってするの?」
「あたし? あたしはねえ、最初は頭に来てもう口もきかない、ってなるんだけど……」
話している晴子は、どうかするとあかりと同年代か、年下に見える。
「結局ねえ、最後は寂しくなって自分から謝っちゃう」
ぺろっと舌を出した。
「ああ、流石だねえみはるちゃんは。私にはそんな素直にはできないかも」
「駄目だよー。そういうところから拗れていくんだよ」
そうなのか、あかりは不安になってしまう。さすがに拗れるのは避けたかった。
「分かった……今日、帰ったら謝る」
「おー。ティアさんきっと喜ぶよ」
「そうなのかな?」
「そりゃそうだよ。ティアさんって多分、あかりのことをすっごく大事にしていると思う。それこそ、自分のことよりも大事なんじゃないかな」
「う、うん」
顔が熱くなるのを感じた。面と向かって言われると、照れる。
「だから、あかりも大事にしてあげてよ?」
柔らかな晴子の声。
あかりは無言で頷いた。




