コンタクト
現在、属性研。
ティアはぼんやりと自室で昼休みを過ごしていた。
耳朶にあの声が蘇る。
『あかりのことを、頼む』
晴臣の願いは、不幸にも彼が生きている間には叶わなかった。
その思いの分もあかりには注いでやりたい。
座っていた椅子でくるりと回る。
「ふー」
細く息を吐き出した。喧嘩中だと知れば、晴臣は怒るだろうか。
あかりに言えないでいること。
あの夜、自分の遺伝子を注入して彼女を蘇生した。勿論、軽い気持ちで、「可能だから」とやった訳ではない。
晴臣を見ていられなかったからだ。娘を喪った後の彼を思うと不憫で、何かせずにはおれなかった。問題はその後で、まさか自分がこんなにもあかりを愛しく思うようになるとは、予想外だ。
結論から言えば、ティアはあかりの遺伝子を組み換えた。彼女を限りなく自分と同じような存在に変えてしまった。ティア達の種族の寿命は、この世界の人間のそれより遙かに長い。
あかりもそのようになった。僅かにある外見の成長も直に止まる。あかりの周囲の人間は老い、間違いなく先に死んでいく。
その運命に彼女を引き込んだのがティアだ。
死んでしまえば何もならない。あかりはティアが蘇生しなければ死んでいた。
蘇生させる判断は、あの場では妥当だった。
とは言え、良か悪か――人の気持ちは二進数では図れない。
ティアが気にしているのはあかりがその話を聞いてどう思うか全く予想がつかない点だ。
感謝されればいい。
だけど罵倒されたら? 嫌悪されたら? 避けられるようになったら?――あかりに確認するのが怖かった。あかりが自分から離れていくかも知れない。そんなリスクは取れない。
だから言い出せない。
自分の年齢のことも、あかりを蘇生したことも。
――だけど、ね。
このままぎくしゃくしているわけにもいかない。
とにかく謝ろう、ティアはスマホを取り出してあかりに発信する。
何度発信してもあかりは出てくれない。断続的な呼び出し音はそのまま機械的なアナウンスに変わり、切られた。
あかりは故意に出ないのか。
自室を出て海明の部屋に向かった。
「どうしたのティア」
「悪いんだけどさ、あかりに電話かけて欲しい」
「ええ、分かったわ」
海明がスマホで発信する。
「……出ないわね」
何故か、説明できない嫌な予感がティアに訪れた。
今度は晴子に発信する。
『はい。どうしたんですかティアさん』
「あ、すずみん? あかりってどこにいるか知らない?」
『え、今日はもう講義がないからって、さっき帰りましたよ』
「さっき? さっきって、どれくらい?」現在時刻は昼の一時前。
切迫した声色に怖じ気付いたのか晴子の声がひきつる。
『えーと。三十分くらい前ですかね』
「すずみん。一回電話切ってさ、あかりと連絡とってみてくれないかな」
晴子は了承し、通話をいったん終了させた。
一分ほどしてすぐさま折り返される晴子の電話。
スマホの画面をタップして回線をつなぐ。
「出ません、ティアさん。メッセージも既読にならないです」
「そっか。ありがとう」ティアは電話を切る。スマホを操作し、自宅の管理システムにログインする。三十分経過しているなら帰宅しているはずだ。システムで在宅人数を確認するが、ゼロ。
「ティア、一体どうしたの」
「あかりが電話に出てくれない。で、まだ家に帰っていない」
「そうなのね。でもそれが一体――」
ティアは力ない微笑みを向ける。
「いや、海明やすずみんの電話にも出ないからさ……何となく、何となく不安でさ――?」
ティアは海明から目を逸らした。
意識に、何かが呼びかける感覚があったからだ。
「ティア?」
海明を手で制する。奥底、誰かが自分に回線を繋ごうとしている。
――この、波は。
深く目を閉じた。周波数を合わせるように自分と相手の波長を合わせようとする。チューニングが完了する前にリンクは断ち切れた。
「海明、あたしの不安が当たってるかも」
はっきりとコンタクトできたわけではない。
ティアの意識、繋がった先の誰かは明らかに不安に包まれていて、それはあかり以外にあり得ないと思う。
――多分。
遺伝子の揃ったあかりなら、こちらにも接続できるはずだ。
「あかりを捜そう。悪いけど海明、手伝って」
海明は頷くとどこかへ電話を掛け、今日の予定を全てキャンセルするように告げる。
「これでよし、さあティア行きましょう。まずは鈴見さんに話を聞くの」
決然とした口調にティアは僅かに救われる。
取り越し苦労なら良い。
――けれどもし、本当に何かが起きていたら。
その時は彼女を助けなくては。
二人で部屋を出る。




