告白
あかりは今、回復室で眠りに就いていた。
「じゃ、説明してくれるね」
隣にある談話室で、晴臣とティアはテーブルを挟み向かい合って座っていた。
「もう隠すつもりはないよ。ただし、約束して欲しい。あたしの話を全て信じること。疑うのは、なし」
「承知した」晴臣はテーブルの上で指を組んで、真っ直ぐに前を見た。
ティアは目を見返す。ゆっくりと話し始める。
「あたしは、こことは違う世界から来た――あなた方の言葉で言えば、異世界って奴かな」
場の空気が変わった――先ほど晴臣は疑わないと言ったが、そうではあっても信じる気持ちと疑う気持ちがせめぎ合い、ない交ぜになってどちらにも転び得る空気を漂わせた。つまり、少しでもいい、証明が必要だった。
「ええと、こっちの世界ではなんていうんだっけ、こう……」
髪をかきあげる。その耳が――尖っていた。
「エルフ、だったかな」
「そうそれそれ。何だかあたし達に似てるらしいんだよね……まあエルフっていうのが何なのかはっきりとは知らないけど――とにかくさ、あたしは別の世界から来た」
晴臣が頷くのを見て髪を下ろす。先ほどの短剣をテーブルに置いた。
「これはあたしの世界でも特に貴重なアイテムでね、死んだばかりなら生き返らせることが出来る。あたしも使ったのは初めて。国を出る時、家の人間にお守り代わりに持たされたのよ。死んでからでないと効かないから要らないって言ったんだけどね。自分の遺伝子も入れなきゃだし」
「ティアがいた世界って、どんなものなんだ」
「そうだね、あたし達の世界はここよりも科学文明が発達していて……繁栄してる」
「ほう、例えば?」
「そうだねぇ、例えば、原子力はとっくになくなっている。もっと効率のいいエネルギーがあるんだ。病気で亡くなる人はまずいない。あと、人や物の移動が車や飛行機に頼るのでなく、転送システムっていうのが発達してて。そうそう、コンピューターはもっと大容量で高速だし、それから……」
「充分だ――本題に戻ってくれるかな」
晴臣は咳払いをする。
「基本的にあたしたちは長命で、特に長生きの者だと数千年生きると言われてる。あたしはまだまだ若者だけど」
「何だと。ティアは――幾つなんだ?」
「内緒、内緒よ」ティアは唇に人差し指を当てておどける。
「で、ある時、アーガスと言う名の科学者が次元の壁を越えられる装置を開発したの。それは、装置を使えば並行世界に行けて、色々な知識を外から持ってこられるという画期的なものだった。だけど科学者本人がその技術を使い、次元を越えてどこかへ失踪してしまったの。で、それだけならまだ良かったんだけど、失踪時、あたし達の世界から技術を一つ持ち出してた」
「それは?」
「一言で言うと、大量破壊兵器。それも星一つ吹き飛ばすような」
「何だそれは、出鱈目じゃないか」
「あらゆる方法を使って彼を探し続け、ようやくこの世界の、この国に潜んでいることを突き止めた。で、あたしが送り込まれたってわけ」
「君以外にも誰か日本に来ているのか?」
「装置を使っても次元を超えるのは簡単じゃなくてね。今は、あたしだけ」
「――ちょっと待った。君は、帰れるのか?」
多分、行き倒れ寸前だったあの姿を思い出したのだろう。
「元の世界へ? ええと、それは……」異世界人は言葉を探す。
「世界の壁を越えるには膨大な――便宜上こう呼ぶけと――魔力を必要とするんだ。通常なら自分でも魔力を生成できるんだけど、この世界に来た途端、どういうわけか全く生成できなくなっちゃって。緊急の魔力回復用のアイテムも殆ど使っちゃった」
「つまり?」
ティアはにっこりと笑う。どこか諦めた顔でもあった。
「つまりあたしはもう、元の世界には帰れない」
少し会話が途切れた。『帰れない』と言う言葉にショックを受けたのか。
「気にしないでよ。今の暮らし、けっこう気に入ってるから」
と、晴臣は腕を組む。頭の中でシミュレーションでもしているようだった。
「ティア。どうせもう帰れないのなら、その科学者を捜しながら渡来の金を使って君の世界の技術を再現してくれないか。あるいは、魔力生成の研究でも構わない」
「そうだねぇ……」
考える。あたし達の技術を導入すればこの世界も暮らし易くなるし、魔力を生成する方法が見つかれば故郷へ帰れる目も出てくる。
――悪くない話。
「どうかな、ティア」
談話室のドアがノックされる。
晴臣が応じると医師が入ってきた。
「――何か」
「ええ。あかりさんが少し、話をしたいと」
医師と晴臣は連れだって回復室に向かう。ティアは一人、さっきの晴臣の提案を考えている。国を出る前、何かの役に立つと思って一通りのテクノロジーの設計図や簡単な部品はポーチに入れて持ってきてある。これを流出させるのは本当はいけないこと。
――だけど今更、誰に咎められるものでも……。
待合いのドアが再び開けられる。何とも言えない表情の彼が立っていた。ティアは少しして思い当たる。まるで――起きたことを理解できず、途方に暮れている子供のような顔だ、と。
「どう、したの?」
嫌な予感。恐る恐る尋ねる。
晴臣はその表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
「――あかりが」拳を握りしめる。
「眠ってしまって、起きなくなった」




