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ディザスタリカバリー

 その日、ティアは有給休暇を取って家で(くつろ)いでいた。




 時々こうして何もしない日を作っていた。

 全力でぼんやりして明日からまた頑張る。

 だから鳴り出したスマホにも出たくなかった。画面にも知らない携帯の番号が表示されている。無視してやろうと思った。





 たまたまだ。たまたま、ティアはその電話に――出た。

『あ、ティ、ティア様!』

「ど、どうしたの藤野さん」普段と声音の違う藤野にびっくりする。





『お嬢様が、お嬢様がっ』

 ティアは、晴臣には娘が一人いたっけな、と思い出していると、声は更に切迫度を増した。






『車にひ、轢かれて、いま都内の……』

 ティアは取り乱す藤野を宥めて何とか病院の場所を聞き出す。







 病院に駆けつけると、手術室前には既に晴臣がいた。

「ああ、ティア。来てくれてありがとう。大変なことになってしまったよ……」

 晴臣は平静を保っているようで、声が震えていた。





「あれ? 藤野さんは?」

「嗅ぎ付けてきたマスコミや、警察への対応の指揮を執ってもらってる」





「大丈夫なの?」電話口で取り乱していた藤野を思い出す。

「あれもプロだ。気持ちと行動はどんな時でも分けられると信じている」

 晴臣の決然とした顔。どれほどあかりのことが心配で、心は乱れていようとも藤野(かれ)は渡来家の執事長だ。やるべきことは心得ているのだと。ティアは、藤野への絶大な信頼を垣間見た気がした。






「で、どんな状況?」

「信号待ちをしていた所に乗用車が突っ込んできたらしい。飲酒運転だったそうだよ。そっちの身柄は警察が押さえたということだ」




「娘さんの容体は」

「いま手術中だ」

 ティアはベンチに座る。取り敢えず手術が終わらないことには何とも言えなかった。





 ふっ、と手術中のライトが消える。

「いや。待ってくれ! 早すぎる。そんな……」

 晴臣が叫ぶ。




 手術室のドアが開き、沈痛な面持ちの医師が出てきた。

「渡来様、この度は、ご愁傷様で――」

 す、と言い掛けた医者の胸倉を晴臣が凄まじい力で締め上げた。






「駄目だ。もう一度行って来い」

 冷えた声だった。医者は状況が把握できず、床から浮かせた足をばたばたさせている。





「金は幾ら掛かっても良い、娘を助けるんだ」

 ティアが晴臣を(なだ)めてどうにか解放させる。肩で大きく息をする医師が口を開いた。





「む、娘さんは全身の骨折に加え、臓器も幾つか駄目になっていました。我々としても手は尽くしたのですが、もう――」





 崩れ落ちる晴臣。彼を支えていた大きな存在が、出し抜けに失われた。手術室からストレッチャーに乗せられたあかりが看護師とともに出てくる。





「あ、あかり……」

 晴臣がティアに支えられながらストレッチャーに辿り着く。そのまま顔を伏せる。激しく泣き出した。看護師は何も出来ず、一礼してその場を去っていった。落ち着いたらまた戻ってくるつもりなのだろう。ティアはその光景を黙って見ていた。晴臣の娘――あかりの顔を見る。不思議と顔にはダメージがなかったのか、まるで眠っているようだった。







 ――可愛らしい顔……。

 この顔が笑うと、きっともっと可愛いかったんだろうな、とティアは考える。





「つ、償わせてやる。なんとしても、なんとしても……」

 一頻(ひとしき)り泣いた後、ストレッチャーから顔を上げた晴臣の眼が、獣のように見えた。




 ――復讐?

 そんなことをすれば晴臣は愚か、渡来財閥まで危機に晒されるだろう。或いは渡来のことだ、人ひとりの人生など造作なくねじ曲げられるのか。

 ――でもそんなことはさせられないなぁ……。




 晴臣には、渡来には今までの恩がある。正体不明と言う理由だけで監視下に置かれはしたが、あのままでは間違いなく行き詰まっていたのは事実。




 ――ふー……。

 ティアは拳を軽く握り、何かを振り払うように声を張った。

「娘さんを――生き返らせましょうか」





「な」晴臣は、ティアの言葉が咄嗟には理解できなかった。

「ど、どうやって」

「やりようはあります。でも、その後どうなるかはあたしにも予測がつかない」




 晴臣は口に手を当てて忙しなく眼をしばたたかせている。

「決めて、ください」

 すると覚悟を決めたのか、ティアの目を見て頷いた。





 ティアは持って来ていたポーチから短剣のようなものを取り出す。よく見ると柄の部分には銀色の液体が満たされている。





「それは?」

「――後で説明します」

 ティアは短剣(それ)でまず自分の人差し指を軽く切った。滲む赤い血を短剣の刃に数滴落とすと、みるみる吸い上げられて柄まで到達し、中に入っている液体が金色に変化した。





 ――これで、いいんだよね。

ティアは自分の遺伝子が入力された短剣を構え直すとあかりの心臓付近に刺した。



「な、何を!」

 動揺した叫び声。ティアは構わず刃の部分を刺し切った。と同時に柄の中に入っていた液体がごぽごぼとあかりの体内に流れ込んでいく。





 ――お願い。うまくいってね……。

 短剣を抜いた。胸元にじわりと血が滲む。






 あかりの頬にティアは左手を当てる。




 数秒の間があった。誰にとっても永遠に続くかと思われた、長い長い、実際は一瞬だった時間が経過して。







 その場の空気が一段、重くなる。それは僅かな、しかしはっきりとした――重さ。

 ティアも、実際に体験するのは初めてだった。

 ――これが、魂の重さって奴?





「……はあっ……!」

 ストレッチャーの上で、あかりが大きく息を吸い込んだ。














「ばかな。こんなことが」呼び戻された医師があかりの全身を確認する。





 医師の、晴臣の、ティアの前で、あかりの身体の損傷していた部位が逆再生のように超速で修復されていく。あまりの早さのため一部の皮膚が収斂(しゅうれん)して小さな窪みを幾つか作っていく。






「お父さん……? 私?」

 僅かに視線を動かして父の姿を捉えた娘が口を開いた。






「ああ、あ、あかり、あかりっ!」必死で呼び掛ける。






「やだな、聞こえてるよ。お父さん、声、大き……」

 あかりは、笑おうとして顔をくしゃっとした。






「と、とにかく処置します」

 看護師と医師はストレッチャーを処置室に運ぶ。

 その間にも超回復は続き、あかりの身体は殆ど損傷のない状態に戻りつつあった。






「どういうことか説明を――」

「ええ勿論。でも、後にしましょう。娘さんの容体を確認してからでも良いでしょ」

「そう、そうだな。うん、確かに」

 晴臣は、あかりが運ばれていった処置室前に移動するようだった。ティアはそのまま、もう一度ベンチに座る。







 あかりの胸を刺した感覚が手に残っている。僅かに震える右手に、まだ生々しさが漂う。







 ――さあ、なんて説明するかな……。

 壁に背をもたれかけて、ティアは天井を仰ぐ。

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