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庇護

 晴臣の言う通り、行くあてがなかったティアはそのまま渡来の屋敷に居着いてしまった。



 どうやらここは離れらしく、生活しているのはティア一人のようだった。



 勝手に出て行くことは出来ないようだ。



 出口に監視がついている。


 晴臣は時おり顔を見せ、他愛のない雑談をして、話すことが尽きると帰って行った。


 


 おかしいのは一向にこちらの素性を確かめて来ないことだ。

ティアは晴臣の意図を図りかねている。いくら何でも放ったらかし過ぎないか、と。それでいて、監視がついているのでなお混乱する。





 ――仕方ないな。

 元来、ティアは人を信じる性質(たち)だ。ではあるがこれほどまでにヒントのない関係も初めてだった。条件も何も提示してこない。単なる人助けにしても裏があるにしてももう少し何かあるだろう。




 この状態で相手を信じるのはさすがに脳天気というものだ。





 午後、ティアは部屋で一人ベッドサイドの椅子に腰掛けていた。

 ――少しだけ、使おう。

 肌身離さず身につけているポーチから水筒を取り出し蓋を開け、少しだけ口に含んだ。





 ――百ポイントってとこか。

 これだけあれば何とかなる。タイミング良くドアがノックされ晴臣が入って来た。





「やあこんにちは。気分はどうだい」

 ええ、悪くないわ。微笑んで、もう一つの椅子を晴臣にすすめる。






「それは良かった」椅子に座る。瞬間、ティアの眼が黄色く輝いた。

「あ……?」

 その目を見た晴臣は、脱力状態となって椅子に深く腰掛け、項垂れた。




 ――うまく行った、よね。この力はすぐ切れるから、急がなきゃ。





 この力に、役所などで職員を操って住民票を作らせるほどの持続性はない。行き倒れるまで困窮した理由の一つだった。







 質問を始める。

「あたしを監視している目的は何?」





「……君には何かただならぬものを感じたから。直感で、何かあると思って。それに君は行くところもなさそうだったし、好都合だと」





「あたしが何者か知っているの?」

「八方手を尽くしているが依然不明だ。そもそも君はおかしい。どうやって入国した」





「というと?」

「……この国で渡来が分からないことなどない。君はおかしい。調べても調べても入国した痕跡が出てこない。公式にも非公式にも君はこの国に入国していないはずなんだ。いったい、どうやって……」





「あたしをどうするつもり?」

 一方的な質問が続く。晴臣はそのことに異論を挟まず淡々と答えていく。





「奇妙な存在だから手元に置いておきたい。君が何者か判明するまで。出来れば従って欲しい。害するつもりはない」





「ふーん……」上唇を舐めて少し考える。どのみちあいつを捜すのにこのままではジリ貧だ。どっちにしろお金は必要だし、動き回る為の身分も必要だ。渡来が自分に興味を持っているというのなら好都合。利用させて貰おう。




 ここまで時間にして一分。晴臣は正気に返る。



「あれ? あれ、マリーさん」

「こんにちは」

「こんにち、は?」

 意識が戻ってくるのに少し時間がかかっているようだった。久しぶりに使った力だ。加減を間違えた可能性もある。




「ねえ渡来さん」にっこりと微笑んで言った。

「あたしをここから出して」

 結果は知っているが敢えて口にすることで相手から良い条件を引き出そうと試みる。聞いた晴臣は自分の右手をじっと見つめて、目線を上げずに口を開く。





「申し訳ないがそれは出来ない」

「あら、どうして?」

「言えない。けれど、悪いようにはしない」

「へえ、それってどういう」

「そうだな……君がこの国で活動し易くなるための身分を準備しよう。僕の秘書ってことでどうかな」







 その後、偽名を名乗っている必要もなくなったように思われたのでティアは本名を彼に告げた。晴臣はさほど驚いた様子も見せずにそれを受け入れた。





 社長秘書としてティアは有能だった。元々彼女は目端(めはし)も効いたし、何より高いコミュニケーション能力があった。




 最初のうちは胡散臭い目で見ていた秘書仲間や渡来の社員達も、そんなティアを見ているうちに次第に打ち解けていった。




 仕事の合間を見つけてティアは本来の目的だった人捜しを続けることにした。晴臣にも渡来の力を貸してもらったが皆目手がかりが掴めぬまま数年が過ぎた。





 やがてティアは屋敷から出ることを許され、郊外に家を買った。







 あの事故が起きたのはその頃だ。

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