宴の後で
夕方近くになって、会は佳境だった。
最終的にかなり飲んだ海明、ティアが晴子に絡んで来たが、その度にあかりが追い払ったり、さり気なく藤野が二人をなだめたりしてくれた。
笹崎は終始目立たないことだけを意識した所作だったが、酔った海明に散々『顔が良いわねぇ』と言われ続けひどく赤面していた。アルコールだけでああはならないだろう。
ティアは海明と一緒になって飲み、酒が強い為に終始ハイテンションで周りに話し掛けていた。が、やがて力尽きたのか、海明と二人、室内につながる大窓の辺りで座り込み、並んで寝ていた。
二人を笹崎と藤野が部屋に運び込むと、それが何となく合図になってお開きになった。笹崎はそそくさと帰り、藤野はバーベキューの後片付けを完璧にこなした後、あかりを名残惜しそうに見つめ帰って行った。
あかりは取り敢えずティアと海明を寝かせておいて、薄手のコートを羽織って晴子を送っていくことにした。
日が落ちると、昼間の陽気が嘘のように肌がひんやりとした。駅まで歩きたいという晴子と連れだって行く。
「いやあ、夕方になるとちょっと寒いね」
「そうだね、でも、ちょうどいい感じだよ」
長い間バーベキューをしていた、熱を帯びた身体には確かに心地良い気温だった。
「あかり、今日はありがとうね、誘ってくれて」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。みはるちゃん」
二人、見合わせて笑う。
「ティアさんって、綺麗な人だね」
「そうだね」
「あの人、幾つなの?」
あかりはその質問に答えられない自分がもどかしかった。
「うーん、私にも教えてくれないんだ」
「え、付き合い、長いんでしょう?」
「そうなんだけどさ。本人が頑として口を割らないって言うか、年齢を言わないことに命賭けてるというか」
「えー、なにそれ」
「ね、何だろうね」
あかりは頭を掻いた。
「でもあんなに美人だし、きっとまだ若いよ。いいなあ、私もお友達になりたい」
と妙に語気を強める。
――まあ、見た目が若いからややこしいよね。実際は海明さんと同年代なんだけどさ。
あかりは心の中で呟き、微笑んだ。
駅に着いて、晴子と別れる。
踵を返して、帰り道。
『あの人、幾つなの?』
さっきの言葉がよみがえる。
――うん。ほんと、幾つなんだろうね。
いつまでも本当のことを教えてくれないティアに、ほんの少し寂しさを覚える。その感情を振り払うように、家まで少し早足で帰った。
家に帰り、部屋を覗くとティアと海明がベッドの上で抱き合って寝ていて、訳もなくどきりとした。
翌朝、海明は意識を取り戻すとすぐに状況を把握し、あかりに謝罪したあと帰っていった。ティアはその後もまだぼんやりとしていたが、リビングのソファでブラックコーヒーを飲んで、ようやく意識がはっきりしたらしい。
「あー、何だろ、途中から記憶が……」
「飲んでたからねぇ……因みにどの辺から記憶がないの?」
ティアは顎をさする。
「えーと。鈴見さんだっけ、あの子に抱きついた辺りまでははっきり覚えてる」
「呆れた。結構中盤じゃない」
「う。そうだね。あかりの合格がさ、何か自分のことのように嬉しかったからつい」
笑ってまたコーヒーを一口飲む。
「そういえばさ、みはるちゃんはああ見えて十九歳なんだよ。一浪してるんだって」
「へえ、あの外見でねぇ」
ぱっと見では十四、五に見えた。てっきりあかりと同年代なのだと思っていた。
「ねえ、びっくりするよね――不詳っぷりはティアと同じだよ」
「……そうかもね」ティアにしてはは気のない返事。
――あの人、幾つなの。
――付き合い、長いんでしょう。
「そういや、昨日はえらくテンション高かったね、ティア」
「んー? そうだったっけ」
あかりは昨日のティアを思い出す。らしくない、何かを振り払うような変なテンション。
「何か、あった?」
ティアは首を振る。いつの間にか彼女から笑みが消えていた。
「でさ、ほんとの所、ティアは何歳なの?」
自分なりに意を決して訊いた。会話の流れから言っても自然だと思えた。ティアはすぐには答えず、コーヒーを飲み干し音を立ててマグカップをテーブルに置いた。
ティアはそこであかりをまっすぐに見る。
「ごめん、ちょっと言えないんだ」
彼女の眼がどことなく辛そうに見えるのはそう見たいだけなのか。
「言ったらどうにかなるの? ……実は中学生とか?」
「その手には乗らないよ」
「されにさ、私がどうして中二のままで目を覚ましたのかも、そろそろ聞かせてよ」
それもあかりにとっては思い切った質問だった。
ずっと気になっていた。今、聞けるものならそうしたかった。
「ごめん、それも――と言うか、そっちの方がいいたくない」
「えー。会ったばかりの頃、いつか教えてくれるって言ってたじゃん」
頬を膨らませる。
「ごめんね。今はもう、できなくなったんだ」
「どうして?」
ティアはどう言おうか迷った挙句、結局言うべき言葉が定まらず、探るように口を開いた。
「多分、あたしの話をあかりは必ず信じてくれる。それが怖いんだよ」
あかりには理解不能な発言だ。信頼が怖いとは、どういう意味なのだろう。
「何よそれ。言ってみてよ、聞いてから考えるから」
食い下がってみる。当のティアは話すつもりはないようだった。ただ一言、絞り出すように切実に呟いた。
「あかりに嫌われるのは、やだ」立ち上がり、自室に引きあげるようだった。
「ティア――」
追いかけようとするあかりを、閉まるドアが遮った。
閉じられたドアに軽く手で触れ、少しだけ力を込めてドアを軋ませた。
――嫌いになるって何だよ。
もう少しだけ軋ませる。ぎしり、と音が鳴ってドアがたわむ。
――私がティアをそんな簡単に嫌いになるかっ!
ティアに信頼されていない気がした。悲しかった。
でも、こうも考えた。
――それほどのことを隠しているとしたら?
普段のティアからは考えられないほどの、重い秘密を。




