墓参
合格発表の朝。
「やった、受かってるよ! ティア!」
二人は受験番号の一覧が表示されたタブレットの前で抱き合って喜んだ。
ティアは、自分の腕の中ではしゃぐあかりを目を細めて見つめていた。
――ほんとうに良かったね、あかり。
前にも思ったが、この子のことを愛しいと思う気持ちがこのところ日に日に大きくなっているのを感じている。
そうであればあるほど、心には影が差していく。
――いつか、言わなくては。
「――どうかした? ティア」
あかりが心配そうにティアを見る。はしゃぎすぎちゃった? と急に大人しくなる。そんなところも好ましい。
「んーん、何でもない!」振り払うようにあかりを抱きしめた。
次の日。
ここに来るのは久し振りだ。
タクシーから降りると、あかりは大きく伸びをして目の前の大きな寺を見上げる。
雲一つない四月の日。少し暑いくらいの陽気。
渡来家の菩提寺は都心にほど近い、どちらかと言えば街中にある。だから、この空間だけ周りの近代的な街並みに全く溶け込んでおらず、何処かから切り取ってきた場違いなお寺のパーツをここに強引に嵌め込んだようだった。
「あかり、これ持って」
後から降りてきたティアから菊の花束を受け取る。
ティアはグレーのスーツを着て、メイクも少し抑え目だ。赤い髪は下ろしている。あかりも黒のスーツと薄いメイクだ。
「さて、行きますか」
「うん」二人で階段を上がる。
お寺の門をくぐり、寺務所に挨拶をして、裏側の墓地に歩いていく。平日。しかもお盆でも彼岸でもないため、境内には誰もいない。墓地へと続く石畳を踏みしめ、少しずつ近づいて行く。
「――おや」
前から歩いてきた僧侶が二人に声をかけてくる。
「どうも、住職さん」
ティアが頭を下げ、つられてあかりも軽い会釈。
「あなたは……、えーと」
住職はあかりを見て誰だか思い出そうとしている。
やがて、記憶にある顔が随分ふるく、目の前の顔と寸分違わず同じであることに目を見開いた。
「あかりお嬢様……で、いらっしゃいますか?」
「ええ。お久しぶりです」
「いやはや、お変わりなく――」
「いえ。それでは」
驚いている住職に改めて頭を下げ、墓地への順路に戻る。
「いやー、驚いてたねぇ」ティアが小声で言う。
「うん。誰だってびっくりすると思うよ。私だって驚く」
こうなるから昔の知り合いには会いたくない。
だが、今日だけはそうもいかなかった。
二人は墓地に入る。
「藤野さん、マメだなぁ」
完璧に清掃された渡来家の墓。藤野が定期的にやって来て綺麗にしている、とティアに教えられる。
「うん。ほんとだね」
菊の花を墓の両脇の花器に供え、線香に火をつけて真ん中に据えた。
――ただいま、お父さん、お母さん。
墓の前にしゃがみ、ティアと二人、目を閉じて手を合わせる。
あかりが目覚め、一年が過ぎていた。
――来るのが遅くなってごめんなさい。
先日屋敷に帰ったことで、父にも挨拶しなくては、とあかりは思っていた。それで、ティアと共に今日ここにやって来た。
あかりはゆっくりと父とのことを思い出していく。
――まさか、謝れなくなるなんて。
父にごめんなさいを言えなくなるなんて、思ってもみなかった。
ネクタイをプレゼント、仲直りして、その先も日々は続いていくと疑いもしなかった。
――でもね、お父さん。
片目を開けて隣のティアを見る。ティアは目を閉じたまま、まだ手を合わせていた。
あかりももう一度目を閉じ、父との対話に戻る。
――ティア、って知ってるんでしょ? 私ね、今、そのティアと暮らしてるんだよ、びっくりでしょ。
父の驚く顔を想像して、自然と顔が綻ぶ。
――だから、心配しないでね、お父さん。あと、手を洗わなくて、本当にごめんなさい。それから、それから……。
「――ふー……」
ティアの声で対話を破られる。そちらに目を向けると彼女はにっこりと微笑んでいた。
「どう? ちゃんと話せた?」
「……良いところだったけど、ティアに邪魔された」
「あ、ため息? ごめん」
いいよ、と言ってあかりもにこりとする。
「そう? じゃあ、行こうか」
立ち上がるティアに促され、あかりも腰を上げる。
「お父さん、お母さん――また来るね」
「あたしも来ますね」
墓地を後にした。




