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本当の事

『あ、ティア?』

 スマホから聞こえてきたのは少女の声だ。ティアは自宅のリビングでテレビを見ているところだった。

 窓の外は夕暮れ。昼前に、渡来屋敷からタクシーで戻って来た。




「あかり。どうしたの」

『えっとね、今日は屋敷に泊まっていいかな』

 そうだろうなと思った。予測していたから夕飯の買い出しもやっていない。





「オッケー、分かった。藤野さんに存分に甘えるといいよ」

『そ、そんなんじゃないよ』照れた声。

「あはは、じゃあね」

 ディスプレイの『通話終了』をタップする。





 途端に静けさが部屋を覆う。少し肌寒くもあった。



「コンピューター、室温を少し上げて」

 テーブル上のタブレットに声をかける。




『具体的な室温を言って下さい』

 こう言うところは融通が利かない。





「少しは少し、よ」

『分かりました』

 エアコンの起動する音。壁と一体化した空調システムが空気を温めていく。




 ふー、と息を吐いた。思えばあかりが家に居ないのは初めてだ。





 ――ひとりで行きたいの、か……。

 ティアとしてはあかりの成長を嬉しく思う。反面、ほんの僅かあの子が遠くなった気がして、寂しくなる。





 不意に、普段は考えないようにしていたことが頭を過る。




 ソファに深く腰掛け天井を仰いだ。



 ――いつか、あたしは。

 あかりに本当の事(・・・・)を言えるのだろうか?




 あの子の一途さや可愛さに触れ、ティアは、どんどん言い出せなくなっている自分に気づいていた。




 ――だって。

 あの時も、堪らなく愛しかった。

 思い出して微笑む。












 話はあかりが屋敷に帰宅する少し前、大学の本試験が終わった直後に遡る。

「ティア。私、一回お屋敷に帰りたい」

 昼下がりの研究所、ティアの自室で紅茶をすすりながら言った。




「うん。でもまだ結果出てないよ?」

「まあそうなんだけどさ」

 中空に視線を固定して、ティアと目を合わさずに続ける。





「いや……受験、終わったじゃない? そしたらなんか満足しちゃってさ。後で不合格ってなったらそれこそ行き辛くなるし、行くなら勢いで今しかないかな、と」

「ああ、そういうもんか」

「そういうもんだよ」紅茶を一口。






「なあに? 何の話?」研究所は休憩時間だ。海明もティアの部屋にやって来た。




「聞いてよ海明。あかりがまだ試験の結果も出てないのに屋敷に帰るって」

「あら、どういう心境の変化?」ティアからティーカップを受け取る。

「いやあ、勢いつけていかないと逆に合格ってなってもいけない気がして」

 あかりは頭を掻いた。





「なるほど。まあそういうこともあるでしょうね」

「で、いつ行くの」

「――実はもう藤野さんには言っちゃったんだよね。明日帰ります、って」

「明日ぁ?」

「ずいぶん急ね」

 あかりは両手を合わせて、拝むような手つきになる。





「ごめん、ティア、海明さん! どうしてもそうしなくちゃいけない気がしたんだよ」

「はー。まああかりの頼みじゃねぇ……」

「私たちがとやかく言う筋合いじゃないわね」

 二人も紅茶を飲む。





「でも、せめて相談して欲しかったなー」

「あああ。ティア、そうだよね、ごめん」

「むーー」

「まあまあ、あかりだって思わずやっちゃうことはあるわよ」


 

「むむーー」

 すっかり()ねてしまったティアにあかりは抱きついてみる。



「ティア。ごめん、今度埋め合わせするから」

「いいよー。そんなことしてくれなくっても」

 裏腹に満更でもなさそうだ。




「きっと何かするよ、ね?」

「分かったよ。もー、仕方ないなあ」

 ティアはあかりの頭をくしゃくしゃと撫で始めた。




「あら」

 海明も加わり、撫でる。



 撫でる。





「ちょ、ちょっと。やりすぎ」

 あかりはティアから離れる。


 と、決意したように目を閉じ、再び拝む姿勢になった。





「あの、それで……」

 じんわりと片方の目だけ開ける。





「明日、屋敷には一人で行きたいの。いいかな?」





 ティアと海明。保護者二人は思わず顔を見合わせた。

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