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きっと帰るから

 今日は泊まるから、とティアに連絡する。

 ティアは少し寂しそうな声ではあったがオッケー、と応じて、それ以上は何も言わなかった。




「お嬢様、どうぞこちらへ」

 あかりは自分の部屋に通される。それは少し留守にした自室への、久し振りの帰還。だからこそ周囲の反応にギャップを覚える。あかりへのメイドや執事の目が、珍しい物を見るような、怖い物を見るような。




 事前に説明を受けているとは言え、実際に全く変わらない姿を見て藤野でさえ現在の時間を疑っているように見えた――自分や周りの人間、あるいは屋敷に刻まれた経年変化の方がが嘘ではないのかと思っている彼の心が見えるようだった。




 あかりは老化していない。目覚めるまでも、目覚めてからも、僅かにも変わっていなかった。そのことに、何より。



 ――私が一番、違和感を持っている。



 部屋に通されてやっと一人になる。



 ほう、と小さくため息をつくとベッドにうつ伏せに体を投げ出した。そこから頭を上げてみると、ヘッドボードの調度品、サイドテーブルの読みかけの文庫本まで記憶にある通りだった。






 ――帰って、来たんだなぁ……。

 仰向けに直って、天井を見つめる。

 奇異の目や好奇の目はあった。でも、藤野の嬉しそうな顔を見られた。古くからのメイドや執事は穏やかに迎えてくれた。




 帰って来て良かった、と思う。

 少し疲れを感じる。眼を閉じて、そのまま眠ってしまった。








「ではお嬢様、またいつでもおいで下さいませ」

 藤野が玄関先であかりに声を掛ける。

 

 

 結局、朝、藤野が起こすまで目を覚まさなかった為に晩御飯を食べそびれた。埋め合わせるような豪華な朝食を()り、帰宅することになった。




「ごめんなさい、藤野さん。晩御飯食べられなくて」

「いえいえ。どうぞ、お気になさらず」

 玄関先で藤野を筆頭に、両側にメイドと執事が控えている。この屋敷の現在の主人はあかりであり、主人として敬うようにとの藤野の教育が行き届いていた。




「では、行ってきます」あくまでここが家である、とのあかりの声。

「お帰りを、お待ちしております」

 メイドや執事があかりを送り出す。ひらひらと手を振り歩き出す。アプローチの両脇で、花壇に植えられたチューリップが揺れている。振り返ると、藤野や皆がまだ見送っている。いつかはここで暮らすことになるのだろう。


 今は、もう少しティアと暮らしたい、その気持ちの方が大きかった。


 ――きっと帰るからね。


 呟いた。







 お嬢様の背中がアプローチを抜けて遠ざかり、やがて見えなくなった。




 藤野は小さく息を吐き、振り返るとメイドに屋敷の清掃を指示を出し、自室に戻った。



 昨日のお嬢様との再会は夢のようだった。自分は既に老境でくたびれてしまったが、あかりお嬢様は記憶にある当時の姿で眼前に現れた。




 まるで、自分自身も過去に立ち戻り、あの交通事故などなかったのではないかと思わせた。





 お嬢様を迎え入れその手を取り跪いた時、言いようのない幸福感を覚えた。長らく主人を失っていたこの屋敷に新しい主を迎え、ようやく収まるべきところに収まった感覚。





 ――だがまだだ。お嬢様はまだちゃんと帰っては来ない。いずれここへ本格的にお帰り頂くその日まで、まだまだ元気でいなければ。





 自室でソファに腰を下ろし、咳払いを一つする。サイドボードに置かれた写真に目を遣った。

 小さなお嬢様が、旦那様に抱き上げられている仲睦(なかむつ)まじい写真。二人とも笑っている。思わず笑みを貰う。



 病に伏せってしまわれた翁《おきな》の最後の言葉を思い出す。


 ――すまない藤野。俺の代わりにあかりを頼む。




「ええ、お任せ下さい」

 藤野は両手で顔を覆い、何度も強く(こす)った。彼なりの気合いの入れ方だった。






 ――お嬢様は私がお守りせねば。



 決意を新たにする。

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