大学受験
いよいよ大学本試験の日がやって来た。
「じゃあ行ってくる」
家を出発し、大学に着いてタクシーから降りると、あかりは車内に残った人間に窓越しに手を振った。
車内の人間――海明とティアは無言で手を振り返している。特にティアは今生の別れのように両手で必死に振っている。ドアが自動で閉まり、タクシーは発進した。
昨日の晩、あかりは徹夜せず早めに寝るよう二人に言われた。どうせ部屋に入れば自由だと思っていた予想は見事に裏切られて始終見張られ、最終的には三人でリビングに布団を敷いて寝た。おかげで頭はすっきりしているが、もう少しやっておきたかった気持ちもなくはない。
――まあしょうがない。
大学の構内に入る。受付を済ませ、受験番号に対応した部屋へ。
前回の共通テストの時も思ったが、周りはあかりから見てほぼ大人だ。
その中にぽつぽつと幼い顔立ちが混ざっているが、彼らが飛び級組なのだろう。
試験会場の教室に入る直前、廊下で一際小さな『女の子』とすれ違った。あかりは十五歳にしては背の高い方で、余計に女の子は小さく見えた。百五十五センチのあかりの眼下を通り過ぎたことから考えて、百四十五センチあるかないかではないか。少女はきょろきょろと辺りを見回し、どうやら自分の教室を探しているようだった。その仕草がいっそう周りの注目を集めている。
――小動物じゃん……。
教室に入るのも忘れて見守る。やがて、見かねた女の人が声を掛け、教室を教えて貰ったのか、女の子はお礼を言ってどこかへ走り去って行った。あかりは訳もなくほっとした。
――おっといけない。
気を取り直して教室に入る。途端に教室内にいた人達が一斉にあかりを見た。
そうだった、と共通テストの時を思い出す。ここにいる大半の人達にとって、あかりの見た目もさっきの女の子と変わらないのだ。前回もそれで散々チラ見された。
――大丈夫、だいじょうぶ……。
言い聞かせ、自分の席に座る。受験票と筆記用具を机上に出し、並べる。
試験の度いつも思う。試験会場は異様な空間だと。ここにはたくさんの人間がひしめいている。にもかかわらず誰も一言も発しない。その代わり、ページをめくる音、咳払い、神経質そうな溜め息、鼻をすする音、指の骨が鳴る音――音だけが騒がしい。
眼を閉じて神経を集中する。今までやってきたことを思い出す。
自分が失ったもの。失ったから手に入ったもの。無理矢理別れてきたもの。別れたから出会ったもの。
今この瞬間、生きているのは未来で現在で、置いてきた物も過去ではない。あかりの中ではほんの二年前の――遠い、過去。
それら全部を賭けて、ここから前に踏み出す。
目を開く。
間もなく試験が始まる。




