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鬼気迫る

 共通学力検査の結果は一月下旬に通知が来た。




 かつて、結果は大学の本試験までに判らず、受験生達は自己採点した点数で受験する大学を考え直したりしていたらしいが、最近では短時間で結果が知らされる。



 結果は九教科で得点率六十六%。

 六十五%という目標は取り敢えず達成された形でも、もっと出来たつもりだった。不安にかられた。ただ、必ずしも今年受かる必要はないし、むしろ何年か掛けたっていい。




 今年合格する、と言うのはあかりの決めたハードルだった。





 ――受からなきゃ、受からなきゃ。何と、しても。

 最近は研究所に来たら、自室に籠もって夕方まで出て来ないようになっていた。ティアや海明にランチに誘われても、全て断っていた。





 ある日の夕方。研究所の自室から出たあかりは、背後から両肩を掴まれた。

 驚いて声も出せず、振り返ると、そこにいたのはティアと海明だった。二人であかりの肩を一つずつ掴んでいた。





「ティア? 海明さんも!」

「まったく、あなたは極端な子ね」

「あーかーりーぃぃ」


 ティアは前に回ると、屈んで顔を覗き込んだ。少女の目の下辺りに優しく触れた。





「ひどい顔ね。髪もボサボサじゃない」心配そうに撫でる。

「朝も殆ど食べないし、こっちに来たら来たでお昼も食べないなんて」




「ち、ちょっとは食べてるよ」



「あら、何を食べてるのかしら」

 耳元、海明の語気にほんの少し怒りが含まれているのを察知して、冷や汗を滲ませる。





「カ、カロリーバーとか?」

 奇襲を掛けられて焦っていたのか、つい本当のことを口走ってしまう。しまった、と慌てて口を手で覆ったがもう遅い。





「なーんーだーとー」

 怒ったティアがあかりの手を掴んで引きずり始める。海明もあかりの背を押していく。





「あかり、付き合え」

「ちょ、ちょっと、二人とも?」

「問答無用よ」海明の声。




「そうだ、問答無用だっ!」

 研究所出入口までそのまま押し切り、待たせてあったタクシーにあかりを真ん中に挟んで三人で乗り込む。





 車中、二人にずっと腕を組まれていた。それでいてどちらも口をきかないので、あかりも黙っているしかなかった。


 私が逃げるとでも思っているのだろうか?


 何にせよ、この体勢では逃亡のしようもなかった。道中で浮く感覚があったので、高速に乗ったことは察した。普段研究所に行くよりもずっと長く乗っていた。やがて高速を降りると、程なく目的地に着いたようだった。





「着いたよ」

 ティアに促されてタクシーを降りると、待っていたのは野球場のような、巨大なドーム型の施設だった。何となくこの前のホログラム施設と似ているな、と思う。この施設は営業中だった。ゲートをIDR(リング)でくぐると、まずは脇にある更衣室に案内された。





「着替えてね」

 更衣室でティアに渡されたものを確認するとそれは浴衣だった。白字の布に、青い波のような、渦巻きのような、何とも言えない模様が()かれている。あかりは一度も行ったことはなかったが、旅番組などでは見たことのあるこのデザインは。





「健康ランド?」

「い、えーす」ちょっと高めのテンションでティアが応じる。

「ここは百種類以上の温泉につかれる、健康ランドです!」

「さあ、行くわよあかり」

 再び二人に両脇を抱えられて更衣室を出る。








 幾つかの温泉にたっぷり浸かった後、強引にランド内のエステサロンに放り込まれた。もちろんこんな所は初めてなので終始緊張していたものの、身体はかなりほぐれたように思えた。担当したエステティシャンがしきりに肌を褒めるので、施術後、誰もいないエステサロンの更衣室で自分の身体を久々に鏡に映した。






 胸、肩、腕を確認したあたりで、ふと我に返る。






 ――何やってんだ、これ。

 自分のやっていたことが可笑しくて、一人で笑う。

 笑って、このところ笑っていなかったと気が付いた。

 気が付いて、反省した。





 まあ折角なので、他も見ておこう、と右の脇腹を確認したところで、あかりの目が止まる。


 それは、小さな、普段なら見落とすであろう本当に小さな傷。






 記憶になかった。皮膚が僅かに陥没しており、うっかり引っ掻いたり、掻き壊した跡ではない。他の部分も確認してみる。すると、お尻の付け根、ふくらはぎ、足裏――いずれも右側――に同様の傷があることが判明した。









 頭を掻く。それ以上踏み込んではいけない予感がある。確信めいている。




 いずれティアに確認しよう。それだけ決めて、浴衣を着た。

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