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誕生日

 十月になった。あかりは研究所に通いながら勉強を続けている。

 このところ海明とは会っていない。仕事が立て込んでいるらしくティアとずっと打ち合わせをしているようだった。そのティア自身とも家で余り顔を合わせることなく、研究所でも話をしなくなっていた。



 今月、あかりは十五歳になった。

 目覚めて七か月余り、色々なことにも慣れてきた。



 慣れないこともある――この世界にいて一番違和感のあることは全く紙を見ないことだ。


 全てが電子データで、書籍などもほぼ電子化されている。紙の本はインターネットで細々と取り引きされている程度だ。



 納得はしている。時々紙が恋しくなるが。



 本番の高卒認定試験が紙の問題用紙と紙のマークシートで行われると聞いて、少し嬉しくなった。先日受けた模試はパソコンでだったので、てっきり本番でもそうだと思っていた。




 その日、家に帰るとリビングのテーブルに置かれたタブレットにメッセージが届いていた。スマートスピーカーも兼ねるこのタブレットは、見易いようにテーブルの上に立てて置いてある。





『お帰りなさい。今日は帰れないので、食事は適当にお願いします。食費は送っておきます。 ティア』




 ――忙しそうだなぁ。

 タブレットにIDRをかざす。手首のリングは口座につながっている。残高照会するとが昨日より三万円増えていた。苦笑する。あかりに負けず、ティアの金銭感覚もなかなかのものだ。




 ――そんなに使わないっての。フルコースかっ。




『年末は忙しくなるから、あらかじめ謝っとく』

 と言われてはいたがまさかこんなにすれ違いの暮らしだとは思わなかった。ティアはあかりが寝てから家に帰ってきて、起きる前にもう出勤していることも多かった。それでもぎりぎり晩ご飯、朝ご飯は冷蔵庫に準備してあったし、家に帰って来ないことはなかった。





 ――誕生日かぁ……。

 毎年、渡来の屋敷で祝ってもらっていた。仲のいい友達を何人か呼んで、ささやかではあったが楽しい誕生日。




 ――去年も。

 と考えてあかりはかぶりを振る。それは三十年前の――去年。

 気を取り直してソファから立ち上がる。




 ぽぉん。




 何とも言えない音。リビングのタブレットがメッセージを受信した音だ。

『お荷物が届きました。場所:ポート1』




 庭側に出るための大窓を開ける。ちょうど、配送用のドローンが着陸するところだった。




 ――あれ、これいいんだっけ。

 確か、配送用のドローンが飛んでいいのは月水金の午前七時から九時のはずで、今は午後六時。明らかに規則違反だ。それに、いつも見ている配送用のドローンとは少し違っている。


 普段の配送用ドローンはボディと羽が白で、センサー類が赤。今あかりの目の前で着陸中のドローンは、ボディと羽が真っ黒で、センサー類は、青。しかも、驚くほど静かだ。羽音が全く聞こえない。




 あかりは後で知った。濫用を防ぐために途方もない高額ではあるが、ドローンを時間外に飛ばす権利は販売されている。




 タブレットにIDRをかざして受け取りを送信する。直後に黒いドローンは離陸し、闇夜に紛れて見えなくなった。庭に降りて行ってコンテナを持ち上げる。室内に戻り、リビングのテーブルの上に取り敢えずコンテナを置いた。差出人はティア、海明の連名。




 ぴぴぴっ――見ると、コンテナの上部に触れるように促すカラフルなアニメーションがタブレットに表示されていた。ガイダンスに従い、掌をコンテナの上蓋に軽く触れさせると、接触起動でコンテナが展開し、上蓋、側壁が底部に向かって収納され、最後にはB六サイズくらいのプレートになった。




『残ったプレートは郵便ポストに投函して下さい。ご利用ありがとうございました』

 タブレットはそのメッセージを表示後、消灯する。




 中に入っていたのは長細いケースだった。




 ――わあ……。

 ケースから出てきたのは雪の結晶を意匠(デザイン)化した、中央にダイヤモンドのあしらってあるペンダントと、同じ意匠のイヤリングだった。ケースには小さな封筒が張り付けてあった。





『あかり、遅くなったけど、誕生日おめでとう! ティア・海明』




 中の手紙は簡潔なメッセージだったが、久しぶりに触れる紙の感触があかりの琴線に触れる。何より、こうやって誕生日を祝ってくれる人が三十年後の今日もいたことに嬉しくなる。





 二人の誕生日は把握している。ティアが二月で、海明が六月。来年は絶対に祝うんだと思い、脳裏にふと藤野の顔が浮かぶ。目覚めて、しばらくは藤野の顔や屋敷のことを思い浮かべるだけで体調を崩していた。





 最近ではそうでもないことに気付いている。近い内に屋敷に行かなくてはならないと思っている。どのみち、避けては通れないのだ。


 それは、自分がこの先生きていく上で絶対に必要なことだった。

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