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Take On Me   作者: マン太


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22/42

22.覚悟

 次の日、夕食前。(たける)真琴(まこと)と共にマンションへ帰ってきた。

 その表情はどこか硬く暗くも見える。

 俺は訝しく思い声をかけたが、何でもないと(かわ)され。


「夕飯の後に話がある」


 そうとだけ言われた。


 なんだろう? 


 かなり深刻そうではあるが。


 夕食が終わり、それぞれ飲み物を手にリビングのソファに座ったのは午後九時を回る頃。

 岳の隣には真琴が座り、岳の前には俺と亜貴(あき)が座った。

 俺が淹れたカフェオレを前に、岳は漸く重い口を開いた。


+++


 その数時間前。

 岳は真琴と共に、(くす)と事務所の応接室で相対していた。

 楠には再度の弟倫也(ともや)の襲撃を伝えてある。しかも狙われた相手は組長の(きよし)だ。

 楠は以前と同じ、黒い革張りのソファに座り、膝の上で手を組んだまま、岳が口を開くのを黙って待っている。


「楠。今回の件でお前の跡目相続の話はなくなった。代わりに俺が近いうちに親父(おやじ)の跡を正式に継ぐ。それが倫也(ともや)の様な輩を黙らせる一番の手だ」


 そこまでひと息に言えば、


「岳、本気か?」


 楠は驚いて岳を見返してきたが、すぐに視線を落し。


「…いや、こうなっては、もうそれしかないが…。しかし──」


「これは親父の決定だ。二度目はない、そう言ったはずだったが…。やはり倫也を押さえられなかったようだな」


 岳の言葉に楠は更に深く頭を下げ。


「不覚だった。あいつもそこまで考えなしだったとは…。誰のお陰でここまで生きてこれたのか全く分かってねぇ」


 その後、倫也は行方不明となっている。

 以前の大和への襲撃後、一旦は自宅で謹慎していたのだが、見張りの目を盗み逃げ出したのだ。

 そして、今回の出来事。

 今、組員が血眼で探し回っている。見つかり次第、相当の処分が下されるだろう。

 それは楠も同じだった。いくら組員らの信任が厚いからといって、身内が組長を襲った事実は消せない。

 しかも若頭である岳が手傷を負った。弟の起こした不祥事は兄も被ることになる。


「楠。お前への処分は組からの放逐だ。今後一切、鴎澤(おうさわ)に関わることは許されない」


 その言葉に楠は顔を上げた。

 潔との親子の関係もそこで終わる事になる。それは、幼い頃、親を亡くした楠にとっては何より辛い仕打ちとなるはずだ。

 潔にしても同じこと。息子をひとり、亡くすも同然だった。


「それも、当然だと思っている…。寧ろ軽いくらいだ」


「間違っても、命を断つような真似はするなよ。親父に報いたいならな」


 岳の言葉に、楠はクッと唇を噛み締めたあと。


「だが、岳。…いいのか? お前は──」


 もの言いたげな楠に、岳は口元に酷薄な笑みを浮かべると。


「いいんだ」


 そうとだけ返し、真琴と共に事務所を後にした。

 

+++


「楠ではないが、本当にいいのか?」


 車の後部座席に乗り込んだ所で、運転席の真琴が尋ねてくる。

 父親に頼まれたのは亜貴が成人するまでの面倒を見ること。父親の手伝いもそこまでのはずだった。

 堅気に戻れば、どう生きようと誰を好きになろうと構わない。


 だから俺は──。


 大和の顔が脳裏に浮かぶ。

 正直、大和と過ごすうち、今を手放し難くなっていた。

 形はどうあれ、普通の生活だ。血なまぐささなどとは縁のない賑やかで、楽しいごく当たり前の生活。

 真琴とは小学校からの付き合いで傍らでずっと岳を見てきた。その真琴が、大和が来たことで岳の雰囲気が変わったと言ったのだ。

 前に送迎の車の中で真琴は、今まで見たことのないくらい、いい顔をしていると言って笑った。

 岳は目を見開き、驚きの表情を作ったが、すぐにそれを認め。


 確かにそうなのだ。


 大和が家にいるようになってから、ずっと心が穏やかで居られるようになった。

 それまで週に一度帰ればいい方だった帰宅が、ほぼ毎日へと変り。

 亜貴と大和とたまに真琴を交えて、食卓を囲んでいるその時の幸福感は、例えようがない。


 欲しいものは、地位や名誉、権力ではなく。

 大切な人と過ごす、ごくありふれた生活。

 笑って怒って泣いて喧嘩して。


 それが俺の得たいもの。


 もし、許されるなら、大和とこの時間を共に生きたい。


 そう思っていたのだが。

 今回の件を受け、その未来は閉ざされた。

 継ぐと言う事は、大切なものとの別れを意味する。彼らを闇の世界へ引きずり込むわけには行かないのだ。

 ふと、過去を思い出す。

 突然、父親から呼び出され、病で亡くなった、亜貴の母親の葬式に出席させられた時のことを。

 そこで幼い弟がいることを知らされたのは、八年も前になる。

 初めて会った岳に、潔は自分はヤクザの組長であること、進行性の癌であることを告げた。

 すぐに死にはしないが、今までの様に仕事はこなせない。それに成人まで亜貴を満足に育てることもできそうにない。

 このままでは、幼い亜貴をひとり残して逝く事になる。それはだけは避けたかった。


 亜貴に家族を。


 そう思った。

 そのため、悩みぬいた結果、無理を承知で岳に頼んだのだと語った。

 出来れば成人するまで、面倒を見て欲しいと。そして、同時に自分の傍らで手伝って欲しいとも。

 初めて見た父親は歳の頃は五十過ぎ。

 頭髪はほとんど白くなり、着ている着物越しにその体格の良さは見て取れたが、眼光の衰えはないものの、頬はこけやせ細っていた。

 一方的だと言い返した。

 それまでろくに面倒もみずにずっと放って置いたくせに。

 突然、目の前に現れ、父と名乗り弟を押し付けヤクザになれなどとよく言えたものだと。

 親父はそれも当然といい、もともと岳を巻き込むつもりはなかったのだと言った。

 だが、妻が他界し自身も病に侵された今、幼い息子を育て守るには他に手がなかったのだという。

 母にそのことを伝えると、お前の好きになさいと言った。

 父親の仕事はまっとうな仕事ではない。岳にも夢がある。それを考え、自分で後悔のないように決めなさいと。

 岳には夢があった。

 母親のお陰と自身もアルバイトで貯めたお金で大学を出て、自身の興味のあった写真への道へと進んだ所だった。


 山岳写真家。


 師も見つけ、ようやく道が開けるところだったと言うのに。


 親父の世界は闇の世界だ。とても今の自分が行きたいと思える場所ではない。


 けれど。


 あの日。まだ八歳だという亜貴の、母親の遺影の前でぽつんと座っていた後ろ姿を思い出し。

 あれを見てみなかったふりはできなかった。

 今まで、母子家庭とは言え、貧しいながらも母親と二人で自由に楽しく生きてきた。

 けれど、亜貴はこのままいけば、やくざ者に囲まれ、ろくな生き方をできないだろう。


 幼い亜貴に普通の生活を味合わせてやりたい。


 それは父親、潔と同じ意見だった。

 そうして、覚悟を持って岳は父親の元へと入った。


 教育係兼、補佐ということで、それまで若頭だった楠という男が若頭補佐として岳の下についた。

 岳は若頭となる。

 勿論、それは表向きで、実際は楠が跡を継ぐこととなっていたが、対外的には岳が継ぐと思われていた。

 亜貴の成人までと言えば周囲に舐められる。それは岳の為でもあった。

 それから楠の下で会社の経営からしきたりなど様々な事を学び、今に至る。

 亜貴のためとは言え、まっとうな道ではない。正直、気は進まなかった。

 それでも、亜貴の面倒を見て、親父の仕事を手伝う。それに最善を尽くした。

 岳はできる限り自分の力を示す。

 時には必要以上に非情になり、決断を下したこともある。力を見せるためにそうすべきだと楠の助言もあったからだ。

 おかげで岳への評価は、冷酷で容赦ないやり口の若頭として、恐怖の対象となる。

 それで大半の組員は大人しくなった。

 そんな中、楠は岳に夢があることを知り、それを諦めるなと口にした。

 今は辛くとも、亜貴の成人まで我慢すれば、元の世界に戻してやると。

 潔に言われていたためもあるが、岳がこちらの世界に染まろうとすればするほど、そう口にした。

 闇に堕ち切れば、這い上がるのは難しい。

 光を失くさずに生き続けていく事が出来れば、きっと未来はある。

 そんな時、大和が現れた。

 闇との間に揺れていた思いが一気に光へと傾き始める。


 しかし、それが今回の出来事。


 次はない、そう警告していた。

 しかし楠は押さえられなかったのだ。

 もう三十も過ぎた成人男性を押さえるなど、無理といえば無理だったのかもしれないが。

 なんらかの処分を下さねばならない。

 いくら弟が勝手に起こした行動とは言え、兄は兄。それに盃を交わした親でもある組長を襲うなど言語道断だった。責任は取らねばならない。

 結局、潔は楠を組から破門することで決着をつけた。

 そうなれば継ぐのはおのずと決まってくる。このまま組を解散し、新たな諍いを起こさせるわけにはいかない。


「跡はお前が継げ」


 そう告げた時の潔の顔は苦渋に満ちていた。


 否、と答えられたなら。


「はい…」


 岳は思いを振り切り、そうとだけ答えた。


+++


「俺に選択の余地はない。もう腹は括った」

 

 窓の外の景色に視線を向けてはいたが、目には入ってこなかった。

 ただ、頭にはくったくなく笑う大和の顔が浮かぶ。

 大和と語り合ったあの夜。

 大和への思いは自覚しているし、あの時、取った行動は単なる好奇心などでも遊びでもない。


 大和が欲しかった。


 ただそれだけだ。

 それに、継ぐ必要はないと分かっていたから起こせた行動でもある。

 もし、大和があの時、応と返していたなら、今、大いに悩んだだろう。

 けれど、大和からはまだ答えを得ていない。倫也のせいでそれを聞きそびれたのだ。

 今回、返事を得られなかったことで逆に良かったと安堵する。迷う必要はないからだ。

 このまま、大和の思いは聞かずに行くつもりだった。

 岳の言葉に、運転席の真琴はちらとルームミラー越しにこちらを見返して。


「辛いな…」


 そう返す。

 岳はただ、ああと小さく答えただけだった。


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